男はつらいよ・寅次郎恋やつれ
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1974年【日】 上映時間:104分 カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
監督:山田洋次 / 脚本:山田洋次/朝間義隆 / 音楽:山本直純 / 撮影:高羽哲夫
出演:渥美清 / 吉永小百合 / 宮口精二 / 倍賞千恵子 / 前田吟 / 松村達雄 / 三崎千恵子
太宰久雄 / 小夜福子 / 高田敏江 / 笠智衆 / 谷よしの / 吉田義夫 / 武智豊子
ロケ地:島根県(津和野、温泉津、益田)
マドンナ役を 第9作 男はつらいよ・柴又慕情 に引き続き吉永小百合をむかえた男はつらいよシリーズ第13作目。
シリーズ初の2度目のマドンナとなった吉永小百合の、しっとりした美しさに嘆息してしまう。
終盤、寅と一緒に花火をみる場面、吉永小百合の浴衣姿の美しさ…。
「ゆかた・・・きれいだね・・・」
寅のセリフも美しい。
そして、“柴又慕情”で駆け落ち同然で結婚した歌子と、それを許せない頑固で口下手な父親との和解が大きな主題となる。
歌子の父親役の宮口精二の存在感・演技が見事で、父娘の絡みは感動させられる。
歌子ちゃんと父親がとらやで泣き崩れるシーンはこのシリーズの屈指の名場面。シリーズで一番泣けるシーンだったかもしれない。
この作品では吉永小百合さん以外にもうひとりマドンナ、島根県の温泉津(ゆのつ)で知り合った絹代さん(高田敏江)が登場する。
寅は旅先で知り合った絹代さんとは結婚まで考え、柴又に帰ってとらや一家に「結婚を真剣に考えている相手を紹介する」と、報告する。
この“結婚話騒動”のおかげで、さくらとタコ社長は、温泉津まで行くことになるから大掛かりだ。
絹代と出会った瞬間に寅の恋の顛末が分かる。
この時の倍賞千恵子の演技が相変わらず巧い。兄のショックを知り、その気持ちを慮る複雑な表情が、素晴らしい。
失恋の翌朝、温泉津駅のホーム。置手紙を残して旅に出てしまった寅さんを案じながら、駅で社長とさくらがする会話、寅さんを思う二人の気持ちが表れて温かい。
社長 「しかし絹代さんって人よさそうな人だったな…
…あんな人が寅さんの嫁さんなら
(アーア・・・あくび)
さくらさんも安心なんだろうなァ…アーア…」
【昨夜遅くまで寅のやけ酒に付き合わされた】
さくら 「疲れたでしょうごめんなさいね社長さんには何と…」
社長 「それを言うなって大阪にどうせ用があるんだから…
もともと俺だってそう期待はしてねえんだよ」
いつも間の悪い社長だが、ほんとうにいい人だ。
線路際の並木越しに小学校の校庭があり、子供たちが演奏する行進曲「旧友」が聞こえてくる。
その演奏を見るともなく見つめるさくらの横顔が長く映し出される。
今回もうまくいかなかった兄の恋愛。そんな虚脱感の心の中に子供たちの演奏が入ってきたのだろう。
さくらも心をどう整理していいのか分からないのだ。
何ということもないシーンだが、二人の無駄になった旅を慰めるかのようなこの場面が心に染みる。
再び旅に出る寅さん、たどり着いた山陰にある城下町・津和野で寅は偶然なつかしい歌子と再会する。
柴又慕情で、寅の恋心を激しく燃え上らせた歌子は、小説家の父の反対を押し切って陶芸家の青年と結婚したのだが…
歌子 「どうしたの?どうしてこんなとこにいるの」
寅 「どうしてって、オレは旅の途中よ」
歌子 「私、びっくりした…」
【感極まり、泣いてしまう】
この時寅は歌子の涙のわけはわからない。懐かしさでいっぱい。
しかし、そこで歌子から思わぬ話を聞かされて寅次郎は愕然とする。
寅 「で、どう、彼と仲良くやってるかい?」
歌子、寅を見つめ、そして下を向く。
歌子「死んだの……去年の秋…病気でね」
歌子は夫の実家のあるこの町で姑らとともにつつましく生活をしていたのだ。
どう声をかけていいか分からないで、ただ気持ちだけ寄り添う寅。
勤めている図書館を早退し、津和野川のほとりで二人。
旧家の次男に嫁いで来て、すぐに主人に死なれ、何の因果か、嫁ぎ先で肩身の狭い思いをしている歌子さんにとって、寅さんは唯一無二の話し相手になったのだろう。
歌子さんは堰を切ったように、しかし淡々と悲しみを寅にぶつける。
何も言わず聞いてやる寅。
寅 「あんたも辛い思いをしたんだねえ…」
歌子泣き続ける。
寅はそれ以上かける言葉が見つからない。沈黙が続く。澱みかけた空気を破り、幼稚園児の歌声が聞こえてくる。
暗と明の対照。こういう演出がいちいち心憎い。
バス停で寅を見送る歌子。
寅 「オレ……もしなんだったら…この町にあと2、3日
泊まってってもいいんだけどなあ…」
寅は歌子の気配から彼女が自分を今必要としていると思ったのだろう。寅にとって思い切った言葉だった。
歌子 「私のためにそんなことさせちゃ悪いわ…」
ほんとはいて欲しいけど旅を続ける寅に遠慮して言ってるのか、それとも…
遠くにバスが見える。
寅も名残が惜しい。そして歌子の本心を図りかねている。このまま簡単に別れてしまっていいのか。
ここから寅がバスに乗るまでの間、歌子はなにか寅に訴えかけているように見えるが、その本心はなんだったのか。
寅 「もし何かあったら葛飾柴又のとらやに
訪ねて来な、悪いようにはしないから」
歌子、顔が少し明るくなり、しっかりと頷く。
歌子は2年ぶりに会った寅に自分の身の上話をすることで、自分の生き方を再認識した。このあとすぐに図書館を辞めることになった引き金は、寅が引いたのだ。
バスに向かって手を振る歌子。この時に東京に出ようと思ったのだ。
柴又に帰る寅。しかし、ずっと胸にあるのは不幸せな歌子の事、あの時、俺は何故に歌子ちゃんの側にいてやらなかったのか。
彼女を心配するあまり、やつれてしまう。
で、おばちゃん曰く、昔はそういうのを”恋やつれ”と言ったそうな。
そして歌子が柴又を訪ねる。
歌子「あたし・・・来ちゃった」
人生の再出発をする決意ができた、と語る歌子、優しく歌子を迎える寅さんの家族。暫くの間とらやの二階に住むことになった。
有頂天になる寅さんだったが……。
歌子にとって一番の気懸りは、喧嘩別れしたままの父・修吉のこと。
父親との長い確執は心の中の大きな重石となっていた。
そんな思いをさくらに吐露する。
歌子 「正圀さんが亡くなった時、すぐ父に速達で知らせたら
返事が来て…それも葉書でね
『仕事中だから行けない。お前は葬式が終わったら
すぐ帰って来い』って・・たったそれだけ。
いくら私たちの結婚が気に入らなかったといったって
ってせめてお葬式の時ぐらい・・。」
さくら 「…でもそれはお父さんの性格で。心の中ではきっと
歌子さんの事を・・」
歌子 「だけどね。いくら心の中で思っててもねそれが相手に
伝わらなかったらそれを愛情って言えるかしら…。
私、今父に会いたいと思わないの」
歌子のこの表情は険しく、頑なだった。
親子の愛情表現の理想論をさくらにぶつける歌子。甘いといえば甘いが、ある意味似ている父娘なのだ。
しかし、きっかけがないと、この確執は長引き、そして後悔する。
東京に戻ったことを父に告げない歌子、彼女と父親がうまくいって欲しいと願うさくらは周吉のもとを訪れる。
さくらは、ガンコで無口な周吉が、帰り際に「駅まで送ろう」と付いてきて、別れ際に「娘のことをよろしく」といって頭をさげるのを見る。
周吉は本当はとっても優しく、心の中は歌子さんの心配でいっぱいなんだ、とさくらは知る。
やはり父親なんだなあと思わせ、この後のとらやでの場面にもつながる印象的な1コマだった。
そして、寅も歌子さんと父の間を気にして歌子の実家へと向かう。
そこで寅は歌子に三つ指突いて謝れと無茶苦茶を言い帰る。
それを聞いた寅さんの家族はバカな事をしてと怒るが、自分が悪い事をしたと全く思わない寅さんも怒り出し大喧嘩になる。
そこに歌子の父・修吉が現われる。
周吉 「・・・高見です・・突然お邪魔しまして・・」
店にぽつねんと座ってお風呂にいった歌子の帰りを待つ周吉。
このとき[とらや]の店内に明かりがともされる。
皆の視線が集まる緊張感。
歌子が帰ってきて二年ぶりの父娘の対面となる。
周吉 「・・もっと早く来たかったんだが・・・
父さん、仕事があってな、うん・・
昼間寅次郎さんに言付ければ良かったんだが
つい気がつかなくって。ま、なにかの足しにしなさい」
袖からお金の入った厚みの封筒を椅子に置く。
周吉 「あ、それから暑くなるから父さんよく分からんのだが、
お前のタンス開けてな、適当な物包んであるから・・・」
「…」
歌子の方をそっと見る周吉。
周吉 「…うん…まあ元気そうで…何よりだ」
「…じゃあたしはこれで」
歌子 「お父さん…」
周吉 「うん?…何だ…」
歌子 「・・長い間心配をかけてごめんなさい…」
この一言でそれまでの父と娘の間の垣根が取り払われる。
周吉 「いや・・うん、 何も君が…謝ることはない…。
謝るのは、多分、私の方だろう……。
いや、私は…口が下手だから…
何というか 誤解されることが多くてな」
周吉 「しかし私は君が自分の道を。 自分の信ずる道を選んで、
その道を真っ直ぐに進んで行ったことを・・
うれしく…。私は…本当に…うれしく…」
感極まり、ふたり涙を流す。
周吉が歌子を、「君」と呼ぶのに何とも言えない愛情を感じる。
歌子 「あたし…もっと早くお父さんに会いに行けばよかったのにね…
ごめんなさいね…ごめんなさい…」
父親こそ娘との和解を望んでいたのだろう。話ベタな父が娘をどんなに心配しているか、どう接して良いかわからないけれど、娘を思う誠実な気持ちがひしひしと伝わった。
この場面での宮口の存在感はことのほかすばらしい。
二人の様子を見て目を泣き腫らすさくらともおばちゃん。
おいちゃん 「さくら!すぐ工場行って博と社長呼んで来い」
「おい、つね!何だこの野郎、メソメソしやがって、
酒だよ!さ、酒の支度だよ!
「おい!寅ァ・・なんだいお前までバカみたいに
そんなとこに突っ立って…」
この作品の最も重要な部分での松村達雄おいちゃんの、メリハリのある強い演技と台詞回しがこの場を締めていた。
お互の心情を語りあった修吉と歌子は和解する。やがて、歌子は東京に帰って来たもう一つの目的である仕事について、悩みぬいた結果、伊豆大島にある心身障害児の施設で働くことを決心する。
この辺は詳細には描かれない。寅さんの様子もおいちゃんの言葉で伝えられる。
おいちゃん 「なにしろ歌子さんが親父さんのところへ
行っちまった後の寅は半病人だったからなァ」
歌子の家
近くで花火が上がってる
歌子の庭先に現れる寅さん。
歌子 「あッ、寅さん!! まあ… あーびっくりした。
どうしたの突然に」
花火が上がる…
歌子 「さっきからね、子供の時の事を思い出してたの。
母と3人でよくここに座って花火見物したものよ…。」
明るい歌子の横顔をじっと見ている寅。
寅さん 「歌子ちゃんもすっかり元気そうになって良かったね」
歌子、木のサンダルをはいて庭先に出る。庭に咲くあじさいの花。
歌子遠くの夜空を見て跳ねてみたりする。その後姿をじっと見つめる寅。
寅 「ゆかた…きれいだね…」
歌子 「えっ、何?」
寅、ハッと我に帰り、自分が何をいったのか気づく寅
寅と歌子の数々の物語の果てにふと口に出てしまった、ほんとにささやかな言葉。
歌子ちゃんを見つめる寅の目が、この物語が「恋の物語」だったのだと思い出させてくれる、珠玉の名場面だった。
こうなると旅に出るしかない。吹く風を受けるタイミングは逃せない。
さくら 「お兄ちゃんが居ないとね、
みんなだまーってテレビ観ながらご飯食べて
それじゃお休みなさいって寝るだけなの。」
さくら 「お兄ちゃんどうしているかなって、
いつだってみんなそう思っているのよ」
寅 「そんな風に思われているうちが華よ。なっ、さくら」
いつもに増して今回はカッコイイ旅立ちだった。
さて問題は、寅はそこからどこへ行ったか・・・
歌子さんの手紙のナレーションが入り、生コン車から降りた寅が向かったのは海岸だった。
ところで寅さんはどうしていますか?
今旅先ですか?私は寅さんがいつかひょいと
この島に来てくれるような気がしてなりません。
ああ・・・本当に来てくれないかなぁ〜
観ている誰もが、大島にいったのかなーと思った瞬間、海水浴場で遊んでいる親子は、紛れもなく絹代さん達親子でした。
挨拶を交わす寅には、もうわだかまりなんてない。正直な気持ちで祝福をしている。
素晴らしいラストだった。
転載元: シネマとオペラ2
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