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登城日 第一回 2001年頃 第二回 2007年 3月18日(日)快晴 第三回 2007年12月12日(水)快晴 難易度 ☆ 場所 山梨県甲府市古府中町2611 JR甲府駅から歩けますが、なだらかな坂が続きます。 バスも比較的本数がたくさんあります。 行きはバスで帰りは歩きがベストではないでしょうか。 武田神社入り口にあった現代の地図との対比。 館のまわりに家臣の屋敷が建ち並んでいました。 武田神社入り口。 武田神社が躑躅ヶ崎館と呼ばれていたことは大手口は東側にあったので、この入り口と石垣は後から出来たようです。 神社の全図です。 お参りして、横の宝物殿へ。 ここでスタンプGet。 中には武田氏関連の資料が展示してあります。 宝物殿にあった模型。 上2つの曲輪が現在の神社です。 手前の曲輪は梅翁曲輪で、宅地化していますが水堀が残っています。 宝物殿の横には信玄公が使ったという井戸が残っています。 東側の大手口から出てみます。 結構堀が深いです。 大手口には三日月堀がありました。 現在公園整備中です。 三日月堀は復元されないようです。 ぐるっと北側も堀が囲んでいます。 北側には隠居曲輪や味噌曲輪があったようですが、現在は畑になっていて、曲輪跡なのか単なる畑なのか、私には区別がつきませんでした。 遠くに要害山城が見えます。 武田氏館の詰の城です。 もし、セットで登城するなら、先に詰の城の麓までバスで行き、登ってから武田氏館へ下山するといいと思います。また靴はしっかりとエッジの効くものがいいです。 山梨県や長野県の山城は砂地が多く、スニーカーだと転びます。 何度もコケました。 さて、武田氏館に戻り西曲輪の北虎口から再度入城します。 土橋と虎口かきれいに残っています。(写真は前回のもの) ここで、虎口横の櫓台のような土塁から主郭を望みます。 遠くに、木々の間に石垣が…。(写真は前回のもの) 天守台だそうです。 堀は結構深く、主郭へは近づけません。 神社の裏なので、神を恐れぬ者しか近づけません。 何とかならないかな、とぐるっと回ってみましたが、ここが一番良く見える場所のようです。 何とも消化不良なお城です。 帰ります。 西曲輪にある甲府市藤村記念館。 西曲輪から主郭への虎口。 西曲輪の南にある梅翁曲輪の水堀。(写真は前回のもの) 近隣には家臣の屋敷跡が表示されています。 武田二十四将を制覇してみるのもいいでしょう。(ちょっと大変そうですが) 信玄公の墓。死を秘密にした結果、ここ以外に数ケ所あるそうです。 目の前にある、河尻塚。 そう言えば、河尻秀隆という武将がいたなぁ、と思いだす。 武田氏滅亡後に信長の家臣としてこの地を治めたが、圧政の結果反感を買い、信長滅亡と時を同じくして一揆軍に殺され、さかさまに埋められたとか。 最後にスタンプ。 天守台見たかったなぁ〜。 |
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三日月堀もあったのですね〜♪これは新しく
聞きました!ヾ(^ρ^*)ゞありがと♪
信玄公は師匠なので、いつもお参りにいっていたのに
気づきませんでした。
これがのちの真田丸などに発展していきますよね!
要害城もいつかいってみたいですね!
家臣団の屋敷あとも今は整備されはじめているのですね。
ぽち☆
2008/8/2(土) 午後 2:29 [ - ]