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広福門を入り、料金所で入城券を購入。 広福門の中は広い広場になっている。 下之御庭といい、建物建築の際には資材置き場として、正殿前の御庭で行われる儀式の控えの場として利用したという。 正面には首里森御嶽があります。 礼拝所です。 右手には系図座・用物座の建物が復元されている。 系図座は士族の家系図の王府資料の編集、用物座は城内で使う物品や資材等の管理をしていた所。 現在は休憩所になってます。 ここでスタンプGet。 系図座・用物座の先も広場になっていて、城壁まで行くと入口が。 木曳門といい、資材搬入口として利用していたそうです。 こちらから入った方が下之御庭までは近かったです。 横には一際高い石垣の城壁がありました。 西のアザナという展望台です。 那覇市街が一望出来ます。 首里城からの夜景もきれいでしたよ。 西のアザナから下之御庭に戻る途中に京の内があります。 祭祀空間です。 偶像があるわけでは無いので、今一つこの空間の使われ方が解りません。 京の内の先の石垣は工事中で行き止まりでした。 それでは、奉神門で入城券を提示して入城。 開門時間には銅鑼(?)が鳴りました。 正殿付近の様子。 正殿。第二次世界大戦で灰燼に帰したが、平成4年に再建されました。 しかし、人気者で観光客がピースポーズで入れ替わり立ち替わり。 撮るのに30分かかりました。 南殿・番所が入口です。 中には首里城の資料が展示してあります。 在りし日の首里城が再現されてます。 正殿2階にある御差床。 国王が座ったところ。 国王の王冠。 特徴的です。 書院・鎖之間の一部は別料金の休憩コーナー、北殿はお土産屋になっていました。 右掖門から退城。 王族の通用門だったそうです。 首里城域内にあった琉球大学跡の碑。 戦後首里城は琉球大学の敷地となっていたそうです。 良くここまで復元しました。 エライ! 大学も大切だけど、ここで無くてもいいよね。 守礼門の先にある、王族の墓である玉陵(たまうどぅん)。 こちらも世界遺産です。 西のアザナの横には、金城町の石畳道が続きます。 日本の道100選に選ばれています。 石畳道の途中にあったもの。 那覇市内のあちこちで見かけました。 石敢當(いしがんとう)とは、西漢の大勇力士の名で、T字路の突き当たりは地相上凶悪とされたため、守護神として守ってもらっているそうです。 鬼門に植えられる南天みたいなものか。 金城町の石畳道を降りた分と同じだけ反対側の高台を登って行くこと約30分、もう一つの世界遺産である識名園があります。 琉球王家最大の別邸です。 園内にあったクロトンという木。 葉っぱがクネクネしていて変わってますね。 最後にスタンプ。 8月に100名城の訪城を始めて、57城行きました。 最近では、早く終わらせたいの一心です。 あと43城ですが、最大の難関の一つであった沖縄を終えましたので、あと最大の難関は北海道の根室半島チャシ群でしょうか。 こちらは、時間と共に財政的に厳しそうです。 あと、交通が不便なのは飫肥城と吉田郡山城。 七尾城、鬼ノ城、高取城は前回歩いて登って大変しんどかったので、是非とも車で行きたいお城です。 新発田城も冬季閉鎖なので急いで行きましたが、丸亀城も冬季閉鎖とは。 何て、帰りの飛行機で今後の計画を考えつつ、2007年は暮れて行きました。 |
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