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登城日 1回目 2005年 1月10日(月)晴 2回目 2008年 3月16日(日)晴 難易度 ☆ 場所 香川県丸亀市一番丁 3月1日から天守閣が開館したので、行ってきました。 丸亀駅から近いです。 平山城で、亀山の周囲に水堀が残っています。 詳しい地図で見る 1615年の一国一城令により一旦は廃城となりましたが、その後西讃5万5千石の居城として再建されたという異色の経歴を持ちます。 高石垣が凄いですね。 天守閣が小さいので、余計に石垣が高く見えます。 昔は櫓が林立していたのだそうです。 見たいなぁ。 大手門。高麗門と櫓門の桝形構造です。 高麗門横の塀の木の部分に狭間があります。 珍しいような気がするんですけど…。 大手一の門。 櫓内に太鼓があり時を知らせていたため、別名「太鼓門」と言う。 御殿表門。国の重要文化財です。 御殿表門の西側に接する番所長屋。 船溜り。 京極氏屋敷内にあったかぶと岩。 山下曲輪をぐるーっと一周。 搦手門跡。 搦手から見た内堀。 大手に戻って登城開始。 見返り坂。 傾斜が急で、時々立ち止まって振り返りたくなることから、いつしかそう呼ばれるようになった。 このあたりの大手付近では、悲しい話が残っている。 築城中の雨の日暮れ、たまたま通りかかった豆腐売りが捕らえられて、無理やりに人柱にされ、生き埋めにされててしまったという。 され以来、雨の降る夜には「トーフ、トーフ」と聞こえるという。 見返り坂を登ったところにある三の丸の高石垣。 約22mある。 修復された三の丸東石垣。 色が調和するのに何年かかるのでしょうか。 三の丸東南隅にあった月見櫓跡。 三の丸搦手。 二の丸大手。 二の丸搦手。 下の曲輪の櫓台跡は、三の丸の北西隅にあった戌亥櫓跡。 二の丸。 二の丸井戸。 ここにも悲しい話が残っている。 丸亀城の高石垣を築いたのは、山崎家治の家臣羽坂重三郎であったが、家治は重三郎のすぐれた技量を大いに驚き、「よもやこの石垣は誰も登ることができまい」と尋ねたところ、重三郎は鉄棒を使い猿のように登ってみせたという。 家治はこれを見て驚き、重三郎がもし敵方にまわっては大変だと考え、重三郎に城の井戸を探らせ、上から大きい石を落として生き埋めにしてしまったという。 本丸へ。 本丸から見た天守閣。 前回は入れなかった。 朗報! 今年からは年末年始だけの休館になるそうです。 ここでスタンプGet。 中は木造。 さすが現存です。 丸亀城をから出る。 外堀と山下曲輪。 外堀跡。 最後にスタンプ。 瀬戸大橋のおかげで、岡山からぐーんと近く行きやすくなった。 |
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丸亀城、現存天守うらやましいですね。この城には四国旅行の時、家族が讃岐うどんを食べに行きたいと言ったために、すぐそこに天守が見えているのに泣く泣く登城できなかったニガイ思い出があります。
2008/3/29(土) 午後 10:53 [ - ]