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登城日 2006年 8月19日(土)曇 難易度 ☆ 場所 三重県亀山市本丸町 亀山といえば、「シャープのAQUOS」というイメージがあります。 しかし、駅は伊勢鉄道のために、特急は経由しなくなり、寂しい感じがしました。 駅からてくてく歩いて行くと亀山城の多聞櫓が見えてきました。 右手には「池の側」と呼ばれる亀山城の堀があります。 石井兄弟が仇討をしたところ。 元禄時代の出来事で、「元禄曾我」ということで歌舞伎にも取り上げられたとか。 ここには石坂門がありました。 石坂門の石垣。 亀山市歴史博物館の前にあります。 その説明板。 昔の様子。 新旧対比図。 今は上から下へ向かっています。 本丸に向かいます。 逆に西三の丸から見た本丸。 本丸に登って行きます。 亀山城の碑。 亀山城の説明板。 石坂門から登ると右に二の丸、左に楠門を抜けて本丸へ通じていました。 二の丸の様子。 今は学校になっています。 二の丸の説明板。 学校の向こうに二の丸帯曲輪が復元されています。 帯曲輪の説明板。 埋門跡。 二の丸東端の太鼓門跡。 太鼓門を出ると東三の丸があった。 そして大手門。 楠門へ戻り、いよいよ本丸へ。 模型で復習。 北側には三重櫓があった。 その外側は深い段差の下に外堀があった。 南側の天守台。 天守台に載る多聞櫓は改修によって改変されてしまった。 平戸城のようで残念。 最近行っていないので解りませんが、地震でここが崩壊してしまったそうです。 天守台の石垣。 墓石入ってませんか? 天守台を見上げる。 亀山城の西側。 手前のこんもりした丘は関氏が築城した亀山古城(若山城)。 その説明板。 西三の丸に戻ると、南側の虎口である、鍵曲りになっている青木門跡。 西側の出入り口である黒門跡。 城下町の雰囲気が僅かに残る。 そして城下町の西の出口である京口門跡。 広重の東海道五十三次・亀山はここで描かれたそうです。 東の出口には江戸口門跡があったそうです。 江戸時代初頭に、丹波亀山城の天守を解体するよう命じられた堀尾忠晴が間違えたことによって、天守を取り壊されてしまった。 残念である。 とはいうものの、改変はされている亀山城多聞櫓は、三重県で唯一現存する中核的城郭建築だそうです。 多聞櫓は天守台以外にあった方が良かったような気がしますが。 |
城
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大きな池を有効に利用している
優れた城だと感じました。
模型があるのでなおさらすばらしさが
わかります! <m(_)m> ありがと
撮影は可能なのですね、今後は自分も挑戦したい気がします。
岩村城で一度試しましたが、デジカメになれていず
その時は失敗しました。
アド毎日押しても大丈夫でしょうか? ( ̄ *) ん?
入金確認をお願いします。
アド、村、傑作☆☆☆
2008/10/21(火) 午前 10:48 [ - ]
おそらく模型は撮影不可でしょう?
アドは確認してみます。
2008/10/21(火) 午後 1:23
伊勢亀山城って丹波亀山城と間違えられ天守が解体されてしまった
お城でしたよね…確か?本当なら悲劇です(ノ_<。)
2008/10/21(火) 午後 10:56
かなり詳しく紹介されていますね。僕も訪問しましたが、あまり深くは見回ることができなかったので、大いに参考になりました。
2008/10/21(火) 午後 10:59
るなさん
本当に残念です。
信じられない話です。
2008/10/21(火) 午後 11:13
大納言殿
TB有難うございます。
天気が悪く、写真が今一つだったのが残念です。
2008/10/21(火) 午後 11:14
東名阪を走っていると、亀山市の標識が「お城」だったと。
どんなお城やろ?と思っていたのですが、判明しました。^^
2008/10/22(水) 午前 5:55 [ mat**u_p*pa ]
関西から近いので、一度立ち寄られてみては?
名物は、志ぐれ茶漬けと牛肉の水炊き、だそうです。
2008/10/22(水) 午後 8:02