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登城日 2005年 5月 4日(水)晴 難易度 ☆☆ 場所 新潟県東蒲原郡阿賀町津川 新潟県に位置するものの、元々は会津領である。 蘆名氏の越後への進出の足がかりとして一門の金上氏に築城させた。 以後、代々蘆名氏滅亡時まで金上氏の居城となりました。 金上氏滅亡後は、各会津領主の重臣が居城とし、1627年に廃城となりました。 最寄駅は磐越西線の津川駅です。 現在は麒麟山公園となっています。 孤戻城ともいいます。 入口にある鶴ヶ沼。堀跡と思われます。 搦手口の門跡。 高い土塁が築かれています。 搦手口木戸跡。 常浪川沿いに侍屋敷跡が連なります。 空堀跡。 何だか良く解りません。 二の丸から見た空堀。 竪堀のことを言っているのでしょうか? ここから少し登って行くと二の丸馬場跡に出ます。 二の丸はちょっとした平坦地で、草茫々でした。 櫓が建っていたようです。 二の丸の先には水の手曲輪がありました。 突然視界に入った出丸の高石垣。 東北にしては凄い石垣です。 別角度。 出丸へ向かいます。 途中の石垣。 出丸下の石垣。 出丸跡。 そして、一段上に本丸跡。 本丸にはさらに一段高いところに展望台がある。 展望台。 天守閣でも建っていたらなぁ。 展望台から見た阿賀野川。 当時の交通手段は水運が主だったことでしょう。 展望台と金上稲荷との間の空堀。 金上稲荷。 麒麟山頂上へと繋がっています。 途中の岩場が危険で断念しました。 別名の狐戻城とは、あまりの険しさに狐も登る事を諦め戻ってしまう程の意、だそうですから。 金上稲荷の説明板。 津川町は狐火の発現率が世界一と言われ、狐の嫁入り行列で有名だそうです。 かつて、この地域の「嫁入り」は夕方から夜にかけて行われていたため、提灯を下げて嫁入り先に行列していったのですが、この行列が麒麟山の峠を越えていく際に、堤灯の明りと狐火が平行して見えたりしたことから、この言い伝えが生まれたそうです。 |
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関西からは随分遠そうな所ですね。
新潟は未踏の地なので勉強になります。
言い伝えとか面白そうですね。
2008/10/22(水) 午前 5:59 [ mat**u_p*pa ]
津川城、うわさは知ってましたがぜひじっくり
訪問して分析したい城ですね〜♪ ヾ(≧▽≦)ノわくわく
芦名氏はあまり詳しくないが興味があります!
川の画像が見事でした!サンキュゥ♪~(=^‥^)/
おかげで城の状況がよくわかりました!
お稲荷さんのご祭神も見事です!
アド☆村☆傑作☆
2008/10/22(水) 午後 5:44 [ - ]
マッツゥさん
関西どころか関東からでも遠いです。
言い伝えは帰宅後知りました。
目的は石垣だったものですから。
2008/10/22(水) 午後 8:08
やまたろうさん
お褒めの言葉有難うございます。
本当は頂上まで行けばもっと良く見えたのでしょうが…
やまたろうさんならきっと登ったことでしょう。
2008/10/22(水) 午後 8:12