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登城日 第一回 2008年 3月16日(日)晴
第二回 2008年12月14日(日)曇
難易度 ☆
場所 香川県東かがわ市引田町城山
同じ年にわざわざ2回も行くはめになろうとは…
引田城は讃岐国の東端に位置します。
高松駅からJR高徳線に乗って1時間ちょっとでしょうか。
引田駅下車徒歩20分くらいです。
引田行の列車もあるのですが、無人駅です。
駅に「おみかん焼き」という表示がありました。
引田城へ向かう途中に串刺しにしたみかんを持っている人とすれ違いました。
調べてみると、無病息災を祈る行事だそうです。
おみかん焼きは誉田八幡宮で行われます。
この地図には無いですが、その裏の山が引田城です。
引田城遠景。(前回)
引田城の案内図。
説明板。
縄張図を拡大。
総石垣の近世城郭でした。
登城口。(前回)
狼煙台跡。(前回)
西の郭櫓台石垣。(前回)
素晴らしい!
説明板。
南の郭と北の郭の分岐点。
引田城はコの字の逆の形をしています。
まず、南の郭(引田灯台方面)へ。
南の郭天守台跡。
石垣のラインで何となく偲ばれます。
天守台石垣の残存部分。
南の郭櫓台跡。
南の郭から見た引田港。
城の石垣が港の運ばれ、防波堤として利用されたとのこと。
何ということでしょう…
ここから一気に下ります。
麓には化粧池があります。
石囲いがされているとのことですが、草茫々で良く解りません。
また一気に登って東の郭へ。
引田灯台がありました。
東の郭櫓台跡。
広い削平地で何もありません。(前回)
でも、一段高くなってます。(前回)
ここにも石垣のラインが残っています。(前回)
ここにも。(前回)
さて、いよいよ北の郭です。
前回は肝心要の北の郭を見落としてしまいました。
そのために、もう一度来たのです。
北の郭。
崩れた石垣が散乱しています。
しかし、ここで諦めて引き返してはいけません。
西側には石垣が残存しています。
そして…
北の郭の高石垣。
説明板。
丸いぐり石の露出。
最後にもう一枚。
向こうにも石垣が見えるのですが、急な斜面で近づけませんでした。
引田城は讃岐一国を統治した生駒氏によって近世城郭へと整備されたが、讃岐の東に寄り過ぎている当城を嫌い、高松城へと移転してしまったため、一国一城令で廃城となり、荒廃の一途をたどることとなった。
しかし、残存している石垣が見ごたえのあるいい城でした。
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観光用に復元された中途半端なものより、
石垣だけが残っている場合の方が
感動する場合がありますよね〜♪
自分の場合は海津城がそうでした。
昔は車窓からぞくぞくしたものですが、
今は感動しなくなりました。。。
引田城も水軍的には利用しやすい位置だったのでしょうね!
近世城郭があったのも意外でした。。。
アド、村、ぽち★
2008/12/19(金) 午後 3:35 [ - ]
やまたろうさん
同感です。
中途半端な櫓でも建っていると目がいってしまいます。
そして、石垣が隠れてかえって見えなくなってしまいます。
海津城も確かに初めて行った時は荒々しい石垣がいい感じだなぁという印象がありましたが、復元櫓や復元土塁で何か感じが変った気がしました。
2008/12/19(金) 午後 8:23
始め「ここ何処の城だ?」って思いましたが、一番最後の文章で
思い出しました〜
本で見たのと違って、大きそうな城郭ですね〜
勉強になりま〜す♪
2008/12/19(金) 午後 8:54
引田城の説明を忘れてしまって、最後に書いたのです。
年2回もわざわざ遠征したことに意識がそがれていたので。
遠征するときは良く調べていかないといけないと反省しました。
2008/12/19(金) 午後 9:31
同じ年に2回の訪問ご苦労さまでした。^^
けどこのような往時を偲ぶ石垣を見ると、苦労なで吹き飛びますね。
遠征の時はよく調べないと・・・、全く同感です。(汗)
2008/12/20(土) 午後 10:43 [ mat**u_p*pa ]
確かに、文句を言いながらも2回行くだけのことはあったと思っています。
(3回目は無いと思いますが)
2008/12/21(日) 午前 10:18