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場所 静岡県伊豆の国市四日町字蛭ヶ島 平治の乱に敗れた源頼朝は、平清盛に継母・池禅尼の命乞いによって伊豆の蛭ケ小島に配流され、永暦元年(1160)2月の14歳の少年期から、治承4年(1180)8月に旗挙げする34歳までの20年間をこの地で過ごしたとされる。 場所は、伊豆箱根鉄道駿豆線韮山駅から東へ行ったところです。 説明板。 現在は蛭ヶ島公園となっている。 歴史的には「伊豆国に配流」と記録されるのみで、「蛭ヶ島」というのは後世の記述とのこと。 また、発掘調査では弥生・古墳時代の遺物のみで、平安時代末期の遺物は出土せず、源頼朝がいなかったようです。 しかし、観光目的で公園には源頼朝と北条政子の像が建っています。 蛭ヶ島公園から北条氏邸方面を見る。 守山の麓に北条氏邸があった。 蛭ヶ島公園から見た韮山城。 後北条氏の伊豆支配の拠点として有名。 実際に頼朝は何処に住んでいたのでしょうか? しかし、このあたりにいたことは間違いないでしょう。 |
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尊敬4大ご先祖様(義家・頼朝・尊氏・信玄)の
一人です。(* ̄^ ̄)ヾ(-ェ-ヽ)ハハァー!!
聖地だと思っていたのですが、
実際はすんでいなかったのですね! ヽ(__ __|||)…
早雲公も年齢は違うみたいですが、
自分のテンションが揚がればいいので
現実はちがってもOKです。(*^v゚)v
村、ぽち☆
2009/3/4(水) 午後 7:35 [ - ]
やまたろうさんは由緒正しき家柄なんですね。
うらやましいです。
住んでなかったのは昨日知りました。
行った時は、「ここが頼朝が育ったところかぁ〜」と感じ入ったものです。
2009/3/4(水) 午後 7:39
ちょうど大河の『義経』がやってた頃に訪れたと思うんですが
「この辺りに住んでたんだろうなぁ〜」と思い自分も
感動しちゃいましたよ〜〜
2009/3/6(金) 午前 2:17
頼朝と早雲。
二人も英雄が出た地とは思えないほど静かな場所でした。
2009/3/6(金) 午後 8:37