|
登城日 2007年5月4日(金)快晴 難易度 ☆ 場所 長野県上田市真田町長 戦時用の山城であり、平時の政務機能は麓にある真田氏館に置かれた。 真田盆地の対峰に要害の地砥石城を望み、更に周囲の峰々にも数多くの支城群が連なり、単体の山城ではなく真田盆地を取り囲む山城群の司令部的存在と考えられている。 別名「松尾城」とも呼ばれるが、その場合、鳥居峠方面にある支城「松尾城」は松尾古城と区別して呼ばれる。 ただ築城時期を鎌倉時代とすると、松尾古城の方が古いという訳ではなくなり、はっきりしていない面が多い。 (wikipediaより)地図。 真田氏居館跡から北に位置します。 詳しい地図で見る 説明板。 この付近では、数段の曲輪と堀切が見えました。 曲輪を下から見上げる。 真田本城へ入城。 振り返る。 いきなり本郭。 本郭の様子。 本郭から真田の街と砥石城方面を見る。 郭は北へ細長く続く。 両側は切岸となっている。 本郭を振り返る。 石垣は無かった。 本当に細長い。 これでは、平時は生活出来ないでしょう。 こちらが本城で、砥石城が支城とのことですが、規模は本城の方が小さかった。 もう一つの松尾古城は石垣構築なのに、本城は舌状の台地を少し加工しただけ。 城というよりは砦といった感じでした。 位置だけが真田氏の本城だったことを感じさせました。 |
全体表示
[ リスト ]




なるほど 本当 砦 といった感じかもしれませんねー。
詰め城みたいな役割だったんですかね??
2009/4/27(月) 午後 10:08 [ mat**u_p*pa ]
真田の郷の指揮所みたいな感じだったようです。
2009/4/27(月) 午後 10:11
砥石城は村上のものといった印象が強いですが、
本来は真田のものだったのですね。
詳しい説明でよくわかりました♪
信玄公の詰め城と同じで、城は小さくして
有機的支城群で機能していたのかもしれませんね。
登城お疲れ様でした♪
今日も楽しませていただきました!<(_"_)>ペコッ
村☆ ぽち☆
2009/4/29(水) 午後 9:39 [ - ]
砥石城とは目と鼻の先ですので、村上氏に獲られた時はさぞ大変だったことと思います。
2009/4/29(水) 午後 11:31