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場所 京都市中京区木屋町通蛸薬師西南角備前島町 坂本龍馬も出入りした土佐藩邸跡です。 詳しい地図で見る 平成5年に廃校になった。 高瀬川を挟んだところに碑が建っています。 現地解説板です。 【解説板の内容】 高瀬川を渡った西側、河原町通に至る間の元立誠(りっせい)小学校の辺りには、江戸時代、土佐藩の藩邸があった。 当時は高瀬川に面しても門が開かれ、高瀬川には土佐橋が架かっていた。 藩邸が初めて置かれたのは江戸時代で、元禄三年(1690)には、京都藩邸の守るべき法律が詳しく定められている。 藩邸は藩の京都連絡事務所で、留守居役が詰め、町人の御用掛(ごようかかり)を指定して、各種の連絡事務に当たった。 土佐藩は、薩摩、長州と並んで幕末政局の主導権を握った雄藩で、武市瑞山、坂本龍馬、中岡慎太郎、後藤象二郎らの志士が活躍した。 藩邸は、土佐藩の活躍の京都における根拠地であった。 なお、この西側に鎮座する土佐稲荷・岬神社は、もと藩邸に鎮守社として祀られたもので、同社に参詣する町人のために藩邸内の通り抜けが許されていた。 旧土佐藩邸役宅址と書かれている。 このビルに土佐四天王像があったハズなのですが、見当たらなかった… 細い路地(蛸薬師通)を河原町通り方面へ進むと、旧立誠小学校の北側に土佐稲荷・岬神社があります。 所在地 京都市中京区蛸薬師通河原町東入ル備前島町317-2 主祭神 倉稲魂命・石栄神 創建 貞和4年(1348) 説明板です。 元々は土佐藩邸内にあったが、数度の移転により土佐藩邸用人邸跡であるこの地に遷座された。 石碑。 何と、坂本龍馬がかくれんぼしていました。 懐にピストルを持っています。 こんなところにいたとは… 知らなかったです。 (おまけ) 土佐藩邸跡の石碑の前にこんな店がありました。 表札は「坂本龍馬」 新聞記事がたくさん貼っていました。 龍馬好きの人が集まる店なのでしょうか。 さらに、ちょっと北へ行ったところにはこんな店も… こんなことまでやっているんですね。 やるなぁ〜 |
京都史跡めぐり
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龍馬関連の史跡めぐり 精力的に行かれたんですね〜。
最初土佐藩邸跡わからず苦労しましたよ。^^;
2010/1/20(水) 午後 10:07 [ mat**u_p*pa ]
龍馬関連の史跡めぐりは今まで京都に行った時に撮ったものをくっつけ作りました。
まともに廻っていたら、三条−四条間だけで一時間かかってしまいます。
2010/1/20(水) 午後 11:33