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場所 京都市中京区土手町通夷川上る末丸町284 木戸孝允(桂小五郎)の別邸が、丸太町通と二条通の間にありました。 詳しい地図で見る 近衛家の下屋敷を譲り受けたものという。 邸宅跡の一画にホテルいしちょうが建っています。 土手町通に面した石長本館松菊園西館前の玄関前に石碑がたっています。 下部が木で隠れて良く見えません。 覗いてみると、「木戸孝允旧跡」と書かれています。 側面に説明が書かれていました。 北側にあるお宿いしちょう。 こちらにも似たような石碑が建っています。 やっぱり下部が木で隠れて見えないのと、側面に説明が書かれていました。 ホテルの看板にはっきりと「木戸孝允旧跡」と書かれていました。 さて、このホテルいしちょうの東側に、職員会館かもがわがあり、入り口に「明治天皇行幸所木戸邸」の碑がたっています。 明治10年(1877)、危篤に陥った木戸孝允を京都滞在中の明治天皇が見舞いに訪れたことに由来する。 この施設は京都市職員のものだそうです。 門の裏に井戸がありました。 これも木戸邸にあったものでしょうか? 反対側にはだるまのある小さなお寺のような建物。 何ですかね? 玄関脇には「小川」と書いてある橋の欄干のようなものがありました。 上京区を流れる川に架かっていたものでしょうか? お庭が見えました。 木戸邸のお庭でしょうか? お庭への門を押してみたら開いたので、ちょっと入ってしまいました。 (京都市からもらった観光案内で来たので、いいでしょう?) また橋の欄干のようなものがありました。 「今出川橋」? 振り返る。 この建物の中で、木戸孝允が最期の時を迎えたという。 脇には、先ほどのよりは大きい「明治天皇行幸所木戸邸」と書かれた石碑が建っていました。 このような貴重な建物が公開されずに、京都市職員のみしか見れないのもったいないですね。 (おまけ) 木戸邸から土手町通を挟んで西側にあった石碑。 この石碑は割れちゃったようで、鉄で補強されています。 誰かが車で激突しちゃったのでしょうか? 道標のようです。 右 ぜゝ大津道 左 立木かん音 石山道 ちなみに、土手町通は、昔ここに御土居があったことに由来します。 |
京都史跡めぐり
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これだけすごいものを見せないとは…日本のお役所らしいですけどね。良いもの見れました。ポチ。
2010/4/11(日) 午後 10:20
月の輪殿さん、木戸孝允が最期を迎えた建物が現存しているとは知りませんでした。貴重な史跡なので一般公開して欲しいですね。
京都に行く機会があったら、立ち寄ってみたいです!
WPいきますね!
2010/4/11(日) 午後 11:16
宰相さん
外からだけでも見せてくれたらいいのに…
と思います。
2010/4/11(日) 午後 11:44
Shaneさん
いつも有難うございます。
帰宅後調べてみたら非公開でした。
入ったらいけなかったようです。
京都市の職員会館はここになければならないのでしょうかね。
2010/4/11(日) 午後 11:46