三日月の館

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京都史跡めぐり

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場所 京都市下京区西木屋町四条上ル真町100

四条通から一本北へ入った細い路地に古高俊太郎邸跡があります。

詳しい地図で見る

古高俊太郎は幕末の勤皇志士です。
新撰組に捕えられたことが、池田屋騒動の契機となった。
古高俊太郎邸跡は志る幸という店になっています。
イメージ 1

入り口の横に碑が建っています。
イメージ 2

説明板。
イメージ 3

【勤王志士古高俊太郎邸跡】
古高俊太郎は、文政12年(1829)、近江国大津に生まれた。
父・周蔵は近江国栗太郡物部村古高の出で、大津代官石原清右衛門に仕え、のち山城国山科毘沙門堂門跡の家臣。
俊太郎も同門跡の近習となり、和歌を烏丸光徳に学び公家との交流を深めた。
梅田雲浜の門で勤王思想を学び、勤王志士とも交わった。
同士の一人、湯浅五郎兵衛の依頼で湯浅喜右衛門の養子となり、枡屋湯浅喜右衛門と変名して、この地に「枡屋」を構えた。
密かに武器を集め、同士と連絡を取って援助をするなど、多くの志士が集う倒幕活動の拠点となっていた。
しかし元治元年(1864)旧暦6月5日早朝、新選組に捕縛され壬生の屯所で過酷な拷問を受けたとされる。
これが三条小橋の旅館・池田屋における「池田屋事件」の端緒となったと言われる。
元治元年(1864)禁門の変に際し洛中は大火となり7月20日、六角獄舎で処刑された。
享年36歳。
明治24年(1891)、特旨を以て正五位を贈られた。

中へ入ってみたかったが…
高そう。
イメージ 4

こんな狭い所にお庭もあるのですね。
イメージ 5

古高俊太郎という人物は全く知りませんが、明治になって叙勲されているということは、歴史上の重要人物なんですね。
勉強になりましたが、このあたりの路地は妖しい雰囲気が漂っているので、あまりウロウロしていると、別の目的で来ていると間違えられそうなので、そそくさと退散しました。

(おまけ)

もうひとつ石碑がありました。
道標ですかね。
「みぎ ふしみの道 ひだり 京のみち」かな?
イメージ 6

こんな所に建っていて意味あったのかなぁ?

閉じる コメント(4)

月の輪殿さん、古高俊太郎邸跡が残っているんですね。池田屋事件の発端になった事は知っていましたが、明治になって叙勲されたのは、知りませんでした(^^ゞ
一度、この辺りの料亭で、財布の中身を気にせずに飲んでみたいものです(^^ゞ
WPいきますね!

2010/4/22(木) 午後 10:28 Shane

アバター

Shaneさん
本当にこの辺りでは居酒屋しか入ったことがありません。
料亭や納涼床で飲んでみたいです。

2010/4/22(木) 午後 11:25 月の輪殿

新撰組ファンにとってこのお方は池田屋事件で大活躍をさせてくれた
恩人!?(^-^ゞ

2010/4/25(日) 午前 6:55 るな

アバター

おはようございます。
確かに新撰組から見るとそうなりますね。
しかし、どんな人か良く解りませんが、かわいそうな気がします…

2010/4/25(日) 午前 8:03 月の輪殿


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