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2010年 5月 5日(水)晴
今年は桜前線を追いかけて西から東へ、たくさんの桜を見ることが出来ました。
いろんな桜を見ましたが、一般的に一番有名な桜はソメイヨシノです。
そのソメイヨシノが生まれたのが、江戸・染井村です。
JR山手線駒込駅の北側に染井吉野桜記念公園があり、碑が建っています。
説明板。
ソメイヨシノはエドヒガン系のコマツオトメとオオシマザクラの交配で、染井村の植木職人によって生まれた。
奈良の桜の名所である吉野に因んで名付けられたが、吉野の桜は花と葉が同時に出るシロヤマザクラなので、花が先で葉が後に出るソメイヨシノとは違う。
本当は満開の桜の日に訪ねたかったのですが、今年は西へ東へ忙しかったので5月になってしまった…
変わったこいのぼりが飾ってありました。
近所の小学6年生が作った藍のぼりだそうです。
なるほど、いいものを見せてもらいました。
駒込駅の西に架かる染井橋。
この道が現在の染井村のメインストリートである染井通り。
下を山手線が走る。
染井通りを北西へ進む。
プラウド駒込の前の公園。
昔は植木職人が住む村だったのでしょう。
本郷高校。
藤堂家の下屋敷があった。
その前の小さな公園。
ここでは、ソメイヨシノはエドヒガンザクラとオオシマザクラの交配で出来たと説明がありました。
(wikipediaによると、広義のソメイヨシノはエドヒガンザクラとの交配で、狭義のソメイヨシノはエドヒガンザクラの一種であるコマツオトメとの交配で出来たと書いてありました。)
意外にも史跡めぐりの案内板まで建っていました。
何も無ければ駅前の碑だけ見て帰ろうかと思っていましたが、ハマってしまった…
染井通りを進むと左手に染井温泉がある。
名は春夏秋冬「サクラ」。
その北側には東京スイミングセンターがある。
北島康介さんのプールかな?
染井通りの終点には染井霊園があります。
ソメイヨシノが咲きほこる霊園には岡倉天心や高村光雲ら著名人の墓があります。
霊園の説明板。
霊園の北側にある専修院。
説明板。
染井植木村の代表であった伊藤伊兵衛の屋敷跡と云う。
(そう言えば、染井通り沿いは伊藤さんのお宅が多かったです。)
染井通りに建っていた染井よしの町会の掲示板。
染井お散歩マップがありました。
まだありますねぇ〜
交番の所まで戻る。
ここで染井通りともお別れ。
今度は西福寺の方へ向かう。
染井よしの桜の里公園。
ソメイヨシノの苗木が植えられていました。
本家本元のソメイヨシノです。
あちこちにソメイヨシノの説明板がありました。
公園前に鎮座する染井稲荷神社。
手水舎。
「染井の里」の碑が建っていました。
本殿。
本殿にあった由来
本殿は震災や戦災にも耐えたというが…
危ない!
隣は西福寺。
説明板。
ここにも「染井吉野の里」の碑が建つ。
本堂。
染井村の園芸家だった伊藤政武の墓がある。
説明板。
西福寺の東にある駒込小学校。
藍のぼりを作ってくれた子供たちが通う。
この角に案内板がある。
説明板。
昔の地図。
駒込小学校の北側には門と蔵のある公園があり、
旧丹羽家腕木門と、
説明板、
旧丹羽家住宅蔵がある。
説明板。
また染井村についての説明板があった。
このマークに沿ってゆっくり歩けばいい様です。
染井坂を下って染井村を後にしました。
かなり、ソメイヨシノについて詳しくなりました。
(おまけ)
近くにある妙義神社。
由緒書。
大田道灌が戦勝祈願をした旧跡と云う。
駒込駅で下りたのは初めてでしたが、駅前をちょっとだけ歩くつもりが、ブラブラタモリになってしまった。
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ソメイヨシノが東京生まれだったとは意外!
その名前も村からとったのですか〜勉強になりました。
現在も存在する染井よしの町〜桜の時期に訪れてみたくなりました。
傑作☆っ。
2010/5/14(金) 午前 6:41
ソメイヨシノの発祥地が、こんな近くにあるなんて!
なんてことも無さそうな町でも、歩くといろいろ発見出来ますね^^
2010/5/14(金) 午前 7:11
るなさん
こんばんは。
江戸・染井村が駒込にあったと知ったのはつい最近のこと。
東京も歩いてみると、意外に面白いです。
しかし、もう暑かったです。
オフシーズンですね。
2010/5/14(金) 午後 7:07
おしょうさん
これだけでも1時間余り。
こんなにいっぱい説明板や碑が建っているとは思いませんでした。
2010/5/14(金) 午後 7:09
上野の山の寛永寺建立以前の領地を調べております。
伊藤家はなかったのか。藤堂家が染井地区にあったときいております。
2013/7/15(月) 午後 0:01 [ 北上夜曲の人 ]
この辺りは藤堂家下屋敷があったそうですね。
2013/7/20(土) 午後 11:49