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場所 東京都中央区日本橋小伝馬町5-2 明治維新の精神的指導者である吉田松陰の史跡です。 東京メトロ日比谷線小伝馬町駅近くにあります。 秋葉原寄りの専用エレベーター改札口が近いです。 詳しい地図で見る 通常の改札口を出てしまいました。 出た所に案内板が建っています。 案内板を拡大。 小伝馬町駅付近に江戸時代、伝馬町牢屋敷がありました。 跡地に碑が建っています。 説明板。 伝馬町牢屋敷は、江戸時代、全国最大の牢屋だった。 天正年間(1573〜1591)、常盤橋門外に置かれたのが最初で、延宝5年(1677)にこの地に移され、江戸町奉行の支配となりました。 明治8年(1875)、市ヶ谷囚獄ができて廃止され、牢屋敷跡は十思公園・村雲別院・大安楽寺などになっている。 碑の正面には十思(じっし)公園があります。 十思公園の名前は、明治11年(1878)に十思学校として開校した、十思小学校に併設されたことに由来する。 開校当時の住所が「第一大区第一中学区第十四小区」に所属することから、「十四」を資治通鑑の「十思之疏」の「十思」としたとのことです。 見た目は普通の公園です。 付近のサラリーマンの憩いの場です。 ここにも説明板がありました。 公園の奥に吉田松陰終焉の地を示す碑が建っています。 碑を拡大。 幕末の長州藩士・吉田松陰は、幕府の条約調印に関して閣老間部詮勝の襲撃を謀ったとして捕らえられ、安政6年(1859)、現在の小伝馬町にあった牢屋敷で処刑されてしまいました。 しかし、その志を桂小五郎や高杉晋作らが受け継ぎ、明治維新の大きな原動力となりました。 こちらは、吉田松陰の辞世の句の碑。 「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」 隣の碑は吉田松陰の功績を示す碑かな? 薄くなって読めない。 萩に2回も行ったのに、吉田松陰の史跡を訪ねたこと無かったので、今度行くことがあったら行ってみたいです。 (おまけ) 吉田松陰終焉の地に碑の横にある碑。 杵屋勝三郎歴代記念碑だそうです。 「杵屋」は江戸長唄三味線の家名で、初代は、天保年間(1830〜1844)に武家から出て、一派を創始、二代目が最も著名で、「船弁慶」「連獅子」「時雨西行」「安達ケ原」などの名曲を残しました。 二代目が十思公園に近い馬喰町に住んでいた縁故で碑が建てられました。 石町時の鐘。 説明板。 江戸で最初に設置された時の鐘だそうです。 この鐘は、石町(現在の日本橋室町4丁目付近)にあったもので、高さ1.7m、口径93cmの和鐘です。 十思公園を後にしました。 何と、日本の歴史公園100選に選ばれているとのこと。 (100選と名が付いているが、実際は250選ばれている中の一つです。) 見た目はビルに囲まれた小さな公園でしたが、タダものでは無い公園でした。 |
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月の輪殿さん、吉田松陰は牢屋敷で処刑されたんですね。小塚原の処刑場かな、と思っていました(^^ゞ
ここも行ってみなければ、です!
十思公園、なかなか趣のある公園のようですね!
WPいきますね
2010/5/30(日) 午後 1:35
秋葉原から日比谷線に乗り換えて一駅です。
近いです。
2010/5/30(日) 午後 5:20
萩の牢獄や下田の史跡には行ってたけど、一番近い東京の史跡には行ったこと無いです〜
行ってますね^^
2010/5/30(日) 午後 7:55
萩に2回も行ったのに松下村塾さえも行かなかったです。
龍馬伝が始まるまで、幕末史跡は全く興味が無かったので。
2010/5/30(日) 午後 9:00
吉田松陰には想い入れがないのですが、維新の英雄達が師と仰ぐ
人なので、やっぱり凄い方なのですよね。
2010/5/31(月) 午後 10:49
世田谷城へ行く途中で松陰神社があったのを思い出さなかったら、ここへも行かなかったと思います。
生瀬勝久もいつも間にかいなくなっていましたし…
2010/5/31(月) 午後 11:16