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登城日 4回目 2011年10月10日(月)晴 5回目 2012年 4月25日(水)晴 6回目 2012年 4月30日(月)曇 難易度 ☆ 場所 石川県金沢市丸の内 金沢市のHPに載っていた金沢城の惣構跡のパンフレット。 そんな金沢の街を巡ってみました。 まずは西外惣構跡から。 本多町にある中村記念美術館。 ここは加賀八家本多家の屋敷跡。 辰巳用水から流れ落ちてくるこの水が西外惣構の始点かな? 中村記念美術の裏を通って、 本多通りを渡る。 遠くに金沢城が見えた。 渡った所にある金沢21世紀美術館。 案内図に旧西外惣構堀の表記あり。 真ん中に石列。 宮内橋が見えてきました。 橋の西側に土塁が残存。 土塁断面と西外惣構堀の碑。 説明板。 【市史跡 金沢城惣構跡 西外惣構 旧宮内橋詰遺構】 「惣構」とは、堀や土居で城下町を囲い込んだ防御施設です。 金沢城には二重の惣構がつくられ、内惣構は二代藩主前田利長が慶長4年(1599)に高山右近に命じてつくらせたといわれ、外惣構は三代藩主前田利常が慶長15年(1610)に篠原一孝に命じてつくらせました。 堀の内側には土居(土盛)が築かれ、土居には竹や木が植えられ防御力を一層高めていました。 堀の幅は築造当時には10m以上あったことが判明していますが、藩政中期頃から徐々に狭められ、現在は水路となっています。 西外惣構は、本多町3丁目から始まり柿木畠で鞍月用水と共用され、香林坊、長町に進み升形を経て浅野川までの区間で延長は約2.8kmです。 この場所ではケヤキの巨木が根元の盛土とともに残り、かつての土居の高さを知ることができます。 惣構のイメージ図。
土塁を別角度から。 水路は二手に別れる。 西外惣構は右側。 宮内橋を振り返る。 柿木畠商店街の裏を進む。 宇都宮広坂ビルの前から表通りに出てくる。 香林坊に向けて進む。 柿木畠ポケットパーク。 柿木畠という町名は、この一帯を火除地とするため、藩土の邸宅を移転させ空き地にし、柿の木を植えたことに由来。 平成15年10月1日に町名復活。 ここから鞍月用水と共用。 右へ少し曲がる。 高いビルが見えてきました。 ビルの間を抜けると、 香林坊。 現在堀は暗渠になっているが、かつて架かっていた橋の欄干の一部が残る。 説明板。 ここには城戸があったと云う。 ここからまた地上に顔を出す。 石積みは往時のものかな? 賑橋跡。 長町武家屋敷跡入り口付近。 時間と体力を考えパス。 金沢城側(藪の内=土居)とはかなり段差がある。 桜並木と右衛門橋。 富田右衛門尉直治の屋敷があったことに由来。 堀から生える木。 香林坊2丁目街園。 ここに案内板があります。 往時の西外惣構堀の断面図。 延宝年間(1680年頃)の付近図。 昭和12年(1937)の付近図。 平成12年(2000)の付近図。 さらに北へ進みます。 貴船神社。 古くは縁切宮と呼ばれた。 尾山橋から遠くに尾山神社が見えた。 門前が西内惣構跡。 加賀八家村井家屋敷跡付近。 屋敷の前に四ツ屋橋があった。 橋の脇にあった屋漏堂(おくろうどう)跡。 説明板 西外惣構堀は真っ直ぐ北へ進みます。 (つづく) |
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さすが100万石総構があったのですね。
はじめては小田原城なのですかねぇ。
今CSの再放送で利家と松を観ています。
2012/11/17(土) 午後 4:53
そのうち小田原城総構も歩いてみたいと思います。
2012/11/17(土) 午後 11:03
月の輪殿さん,金沢城の総構を歩いたんですね.
確か,以前金沢城から東茶屋町に向かう途中に堀の跡をみた記憶があるのですが,金沢城をぐるりと二重に取り囲む総構の跡を辿るとは,凄いです!
ナイス,いきますね〜
2012/12/28(金) 午後 10:53
Shaneさん
金沢の街のことを少し詳しくなった気がしました!
2012/12/29(土) 午後 7:14