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場所 兵庫県姫路市本町68番地 姫路市坂田町5にある善導寺。 寛仁元年(1017)誓忍阿闍梨開基の浄土宗西山禅林寺派の寺。 山門脇に「梛古刹」の碑。 元は梛本の地にあって梛寺と呼ばれていた。 この梛本が何処にあったかというと、『播磨国衙巡行考証』(『播陽万宝智恵袋』巻15収録)は「梛本 小野江清水の辺、歌あり、惣社本殿の旧地(今小野江清水は方三間斗残る。久長門内ぎふ町、宝永入部頃伊奈氏の士家うら也)」と記す。 これによると、梛本の地は、久長門を西に入った北側の地域一帯で、江戸時代は侍町、ギフ町といわれ、今の姫路医療センター、姫路東高校が建っている辺りという。 そして、梛本に小野江清水があった。 行ってみる。 久長門から。 久長門を入った辺りが岐阜町。 通りを北側が上岐阜町、南側が下岐阜町だった。 そして、上岐阜町側の姫路医療センター建設の際、鷺の清水と同じような遺構が出て来たとか。 しかし、このように掘ってしまっているので、今となっては遺構は無いかも。 残念ながら、小野江清水の場所は特定されていない。 江戸時代に書かれた『播磨名所巡覧図会』にも播磨国総社境内図の西側に「小野辺清水」の文字がある。 また、万延元年(1860)に書かれた「姫路附近之古図」では、梛寺の西に「老延清水」として書かれている。 ということは、梛寺や播磨国総社は今の姫路東高付近にあったらしいので、日本城郭研究センターのある辺りに小野江清水はあったのかな? 城郭センター内を流れる水を小野江清水と思うことにして、後にしました。 今となっては何処にあったのか解からない小野江清水でした。 (おまけ) 日本城郭研究センターの南にある兵庫県歴史博物館。 「赤松円心 則祐」展をやっていました。 博物館の学芸員の解説は詳しくまた目の着け所が違い、大変勉強になりました。 12月2日(日)まで。 急げ! |
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