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場所 神戸市西区岩岡町野中 JR大久保駅前又は神戸市営地下鉄西進中央駅から神姫バス秋田経由のバスに乗り、寺下バス停下車。 北へ少し行った田んぼの中にあります。 説明板。 【野中の清水】 氷るとぞ 見しより汲まぬ いなみ野の 野中の水を 埋ずむ白雪 (源義将朝臣 新拾遺集) 立つ止まる 人もなけれど いなみ野の 野中の清水 月は澄みけり (木工権頭為忠朝臣家百首) 野中の清水は、古今集の昔から、多くの和歌にも詠まれ、謡曲や狂言にも取り上げられてきた名所です。 中世播磨の守護職、赤松上総介則房の定めた「播磨十水」の一つでもあります。 年久しく荒廃していた清水を、元禄3年(1690)明石藩が、浚湈し、制札を立てて、汚すことを禁じ、藩主は茶の湯に用いたと言われます。 同じ頃、大和屋忠左衛門という酒造家が酒造の水に用い、正徳2年(1712)に「野中清水醸造記」が出来たと伝えられています。 昔は、清水の周り一帯は松林で、その中に、祖父松、祖母松、夜啼松という名木が三株あったといいます。 中でも夜啼松の樹皮を削り煎じて、幼児に飲ませると、夜啼きが止むという伝説もありました。 魚住の泊りから、播磨内陸部の三木、小野等へ、この瀬戸川沿いの道を通る旅人は、いなみ野の荒野で、清冽なこの泉で渇きを癒し、涼を取ったことでしょう。 明治、大正期にも、地域の先達が清水の浚湈保存に努めてきましたが、この度、地域住民と、神戸市教育委員会のご尽力により、湧水による野中の清水の復元整備が、平成8年12月吉日に完成しました。 いにしえを偲ぶ憩いの場として、多くの市民に訪れていただきたいと願っております。 野中自治会 地域の方のご尽力により公園として整備されています。 説明板と碑。 そして、野中の清水。 花垣清水でご紹介した藤原俊成女(越部禅尼)も京から越部庄へ下る際立ち寄ったとか。 反対側には碑。 琵琶の形の池? 水はここからも湧いていた。 説明板。 【野中の清水】 いにしへの 野中清水 ぬるけれど もとの心を 知る人ぞくむ(古今和歌集) 野中清水は我が国の五清水の一つである野中下村という小村に在り、琵琶の形に似て水は澄きり、仁徳帝のとき、この水で難病を癒したという。 千年の歳月が過ぎ、土石に埋もれていたもの。 大正天皇即位の年に、岩岡郷土の先達つどい、久しく浚湈し、後世にいにしえを伝える。 「野中清水浚湈記」碑より 平成8年 野中の清水の復元工事が完成する (昔の湧水を汲み上げいにしえの清水を再現) 平成9年 神戸市地域史跡に認定された [いにしえの名水に手を触れて下さい] (この水は飲み水ではありません けっして飲まないで下さい) 平成17年11月 野中の清水を守る会 (野中自治会・地域住民ボランティア) また飲めなかった 野中清水を後にしました。 |
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