三日月の館

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登城日 2013年 1月13日(日)曇
難易度 ☆
場所   岡山市北区御津金川

備前松田氏の居城です。

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【金川城(県下最大級の城)】

御津町金川に玉松城とよばれる金川城があることは良く知られていますが、御津町内にはこの他にも21もの山城が確認されていることをご存知ですか?
城といっても、岡山城や津山城のようなものではなく、大半は板べいで囲まれた掘立小屋の砦のようなものです。
これらの城跡は、中世、特に室町時代後半の戦国時代に築かれています。
全国の武将が勢力争いをしていた時代に、どうして御津町にこんなにも多くの山城が築かれたのでしょうか。
御津町には旭川が流れ、さらに宇甘川、新庄川が流れています。
今のように道路や鉄道が整備される前は、河川が最大の交通機関でした。
ですから、交通路である河川を押さえようと、武将たちは競って河川を見下ろす山々に山城を築きました。
河川の集まる御津町には、こうしてたくさんの山城が築かれたのです。
今回紹介する金川城は、県下最大級の規模で、旭川、宇甘川、新庄川の合流点を見下ろす臥龍山にあります。
暦応2年(1339)に松田元喬が築き、文明2年(1480)に松田元成が本拠を移してから、その後5代90年にわたり、備前国西半を治めていた松田氏の本拠地となりました。
永禄11年(1569)、宇喜多直家は松田元輝、元賢を攻め、松田氏を滅ぼしました。
そして、金川城を岡山平野の北の守とし、浮田春家を城主にしました。
江戸時代には日置氏が金川を治め、城を直しましたが、元和元年(1615)、一国一城令によりついに壊されました。
金川城は、ふもとから高さ約190mの山頂から5方向に平坦面が何段にもつらなる複合連郭式山城です。
本丸は78×35mのほぼ長方形で、周りには丸石を積んだ野面積みの石垣があります。
本丸の北には径4mの石積みの『天守の井戸』があります。
現在はかなり埋まっていますが、かつては、旭川につながっていたという伝説もあります。
井戸はこの他2つ確認されています。
また、土塁や堀切りも見られます。
本丸には、礎石や瓦片が残っていることから、天守閣とはいかないまでも、資料館に展示している軒瓦で飾られた瓦屋根の建物が建っていたようです。
このように金川城は大きさだけでなく、中世の城から近世の城へと変化する姿を残している貴重な城跡です。
遊歩道も整備されていますので、ぜひ一度地元の文化財を訊ねてみてはどうでしょうか。
(御津町郷土歴史資料館配布の資料より)

金川城へは、岡山駅からJR津山線に乗って行きます。
イメージ 1

最寄駅は金川駅。
小さな駅ですが、快速「ことぶき」も停まります。
イメージ 2

駅の北に聳える臥龍山に金川城がありました。
イメージ 3

津山街道を北上。
イメージ 4

宇甘川に架かる観波橋を渡る。
イメージ 5

橋を渡った所の交差点にある東武藤家。
酒造業で栄えたそうです。
イメージ 6

登城口は交差点をどちらに進んでもありますが、まずは資料館へ行くべく西へ左折。
イメージ 7

途中にある七曲神社。
金川城主松田氏の氏神として、長禄元年(1457)ごろ神奈川県七曲山から金川に勧請したと云う。
イメージ 8

ちょっと寄り道。
参道脇に建つ玉松城命名500年記念碑。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/e7/31/kanezane/folder/1510034/img_1510034_61661873_0?1367333011_
その先にある滝善三郎義烈碑。
幕末に起きた神戸事件の責任をとって、伊藤博文等の目の前で割腹自決をしたと云う。
イメージ 9

ここから階段を登ります。
イメージ 10

七曲神社だけあって、参道はくねくね。
イメージ 11

神門。
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境内。
イメージ 13

拝殿。
イメージ 14

せっかくここまで登ったのですが、一旦下ります。
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日蓮宗不受不施派祖山妙覚寺。
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JR津山線のガードを潜る。
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ガードを潜った所の南側に西武藤家。
今は御津町郷土歴史資料館となっています。
イメージ 18

ここで情報収集。
金川城心像図。
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慶長絵図の金川城。
宇喜多氏時代には櫓が建っていたようだ。
イメージ 20

いよいよ金川城へ登城開始!
JR津山線ガード脇に登城道があります。
イメージ 21

難波抱節宅跡長屋門の前を通過。
イメージ 22

その先に案内図があります。
イメージ 23

案内図を拡大。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/e7/31/kanezane/folder/1510034/img_1510034_61661873_1?1367536774_
本丸にある縄張図。
これとほぼ同じものが案内図脇の箱の中に入っています。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/e7/31/kanezane/folder/1510034/img_1510034_61661873_2?1367537005_
木戸跡付近から本丸まで650m。
イメージ 24

歩きやすい登城道。
イメージ 25

約10分で道林寺跡。
イメージ 26

道林寺跡からの眺め。
イメージ 27

数段の削平地が連なる。
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先へ進む。
右手が登城道。
イメージ 29

登城道脇に残存石垣。
イメージ 30

反対側から見る。
イメージ 31

左手へ進むと少し大きな曲輪。
ここに日蓮宗の道場があったとか。
現在は南方(岡山市北区御津中山944)へ移転している。
イメージ 32

削平地はさらに段々に連なる。
イメージ 33

道林寺跡を見下ろす。
イメージ 34

この辺りは道林寺丸。
イメージ 35

道林寺丸の先端、本丸の下付近。
木戸から514m。
イメージ 36

道林寺丸を振り返る。
イメージ 37

道林寺丸の様子。
イメージ 38

西の方を見る。
イメージ 39

先へ進む。
イメージ 40

振り返る。
堀切は無かったのだろうか?
イメージ 41

斜面は竪堀っぽい地形だった。
イメージ 42

本丸と北の丸の分岐点。
イメージ 43

まず、北の丸へ進む。
イメージ 44

堀切跡の先に土橋のような地形。
東側斜面に白水の井戸がある。
イメージ 45

また分岐点。
イメージ 46

金川城の北端にある空堀へ向かう。
イメージ 47

堀切が2本連続。
イメージ 48

堀切1本目。
イメージ 49

その先にもう1本。
イメージ 50

堀切2本目。
イメージ 51

斜面には小さな竪堀も。
イメージ 52

その先はこんな感じ。
イメージ 53

戻って北の丸へ向かいます。
つづく

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