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2017年4月13日(木)晴 韮崎駅前の観光案内所でもらったお花見マップ。 武田信義館から西へ進んだ所に鎮座する武田廣神社へ。 由緒書。 【武田廣神社由緒】 当社は、日本武尊の御子である武田王を祀ったことに始まると伝えられている。 そなわち武田王は、当地に封を受け、甲斐の国を治めたと云われている。 その居館を「桜の御所」と呼んだ。 王の薨去時には、なきがらを埋葬する鰐塚と呼ばれると共に館跡に霊廟が建立された。 王は霊廟に武田武大神として祀られ、その霊廟が当社の起源と伝えられている。 当社の社名と云われている廣乃神社の由来は伝わっていないが、氏子の間では廣神社と呼ばれており、天文11年(1542)武田信玄により、信濃国の諏訪大明神を勧請合祀してからは、諏訪神社と称せられるようになった。 平成28年に、拝殿の老朽化により、古来の社の礎石を後世に伝えつつ、新築を行うと同時に本殿の修復を行った。 なお、社名については、当時の主神である武田武大神と永年呼び習わしてきた廣神社にちなみ「武田廣神社」と改めることにした。 鎮座地 韮崎市神山町武田167番地 祭神 武田武大神 建御名方命 平成28年9月吉日 武田廣神社 |
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