三日月の館

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2017年4月19日(水)晴

標高820mの高地で咲く樹齢400年の巨木です。

詳しい地図で見る

車窓から見える神田の大糸桜。
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最寄駅が無いので、JR中央本線小淵沢駅から歩きました。
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海抜881m。
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まず駅そばで腹ごしらえ。
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丸政

評価 ☆☆☆☆

名物は山賊そば。
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おいしい。
食べごたえあり。
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こちらは豚バラ軟骨焼豚そば。
山賊そばと比べると少し物足りない。
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案内板を頼りに歩き出す。
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上笹尾交差点から「大滝湧水公園・神田大糸桜」左折して0.8kmの標識。
ここまで駅から約10分。
意外と近い!
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大滝湧水へ。
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中央本線を潜る。
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大滝湧水公園。
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ここではなかった…
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E351系スーパーあずさ。
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神供石。
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説明板。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_109?1521647243_
ここを右折。
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将来有望な桜。
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この辺りはレストランが点在しているが、良くやってるなぁ〜
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昼になったら雲一つ無い富士山。
この時間に新倉山浅間公園へ行けば正解だった。
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南アルプス。
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駅から約45分で到着。
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写真よりなんか小さい。
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説明板。
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南側から見る。
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東側から見る。
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北東側から見る。
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大糸桜の花。
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大糸桜から見た南アルプス。
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南アルプスと大糸桜。
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大糸桜を後にしました。
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八ヶ岳おろしから守る防風ネット。
樹勢回復中だそうです。
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北へ進むと、
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バス停がありました。
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毎週水、土曜日運行。
駅前商店街北10:10→神田北10:22
神田北13:21→駅前商店街北13:31
ここで3時間も何をするかです。
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早く元気になってほしい神田の大糸桜でした。
2017年4月19日(水)晴

三点セットが揃った桜の新名所です。

詳しい地図で見る

最寄駅は富士急行下吉田駅。
駅舎は名古屋駅を模して建てられた。
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下吉田ブルートレインテラスには14系寝台車や、165系運転台、
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フジサン特急や貨車が置いてあるが今日はパス。
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案内板で場所を確認。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_106?1521633305_
道にも案内があるので迷わないかも。
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今日の富士山は雲の帽子を被ってるなぁ〜
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約5分で新倉富士浅間神社の境内入り口に到着。
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案内板。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_107?1521633861_
社標。
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登山開始。
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この辺りも桜がきれいだが、先を急ぐ。
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鳥居が見えてきました。
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こんな写真が撮れるハズ。
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雲のせいで富士山の頂上が大きく見えてしまった。
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新倉富士浅間神社境内。
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ヒノキ。
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御由緒。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_108?1521634432_
社殿。
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手水舎。
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神楽殿。
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拝殿。
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拝殿の床下に大杉跡。
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どれ?
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荒浜神社。
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モミの巨樹。
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塩釜神社。
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境内から富士山を見る。
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スロープ道をゆっくり登って行くことも出来るが、
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398段ある咲くや姫階段を登る。
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また富士山を見る。
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スロープ道と一旦合流するが、引き続き階段を登る。
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愛宕神社。
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またスロープ道と合流するが、引き続き階段を登る。
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またまたスロープ道と合流するが、引き続き階段を登る。
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イノシシや猿が出没するので要注意!
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富士山を見る。
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咲くや姫階段を登り切りました。
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忠霊塔。
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冬はこんな感じだそうです。
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忠霊塔の裏が撮影スポット。
すでに人だかり。
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まず、こんな写真が撮れるハズ。
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富士山と五重塔と桜。
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そしてこの写真を撮りに来ました。
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日本を凝縮した風景。
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人々の間から撮影しました。
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もう少し撮影。
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アートフィルターを使ってみる。
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遊んでいるうちに雲が広がってきたので下山する。
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明治大帝。
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雲が多くて残念だったなぁ〜
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李良枝文学碑。
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とうとう雨がパラついてきた。
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と思ったら、駅についたら雨は止んだ。
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帰りの電車から見た谷村城。
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もう少しまてば良かったかな?
快晴の日に訪れたい新倉山浅間公園でした。

雉岡城(武蔵国)

登城日 2017年4月15日(土)晴
難易度 ☆
場所   埼玉県本庄市児玉町八幡山446

赤松円心の裔孫の居城と云う

関東管領上杉家の五十子陣の支城です。

詳しい地図で見る

最寄駅はJR八高線児玉駅。
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雉岡城へは駅前の寂しい大通りを西へ進むだけ。
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国道462号線との交差点を渡った所に「県指定史蹟雉岡城址入口」の碑。
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緩やかなカーブを曲ったら桜満開の雉岡城跡が見えてきました。
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南ノ郭の土塁。
道路は外堀跡。
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土塁を崩して造られた入り口から城内へ入る。
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堀跡。
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土塁と説明板。
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【雉岡城跡】
所在地 児玉郡児玉町大字八幡山

雉岡城跡は、別名八幡山城とも呼ばれ、戦国時代に山内上杉氏の居城として築かれたが、地形が狭いので、山内上杉氏は上州平井城に移り、当城には家臣夏目豊後守定基をおいて守備させた。
永禄年間には北条氏邦によって攻略され鉢形北条の属城となったが、天正18年(1590)に豊臣方小田原攻めの際、前田利家によって攻囲され落城した。
その後天正18年8月徳川氏関東入国後、松平家清が1万石の格式を受けて領主となり居城としたが、慶長6年(1601)三河国吉田城に転封されるや廃城となった。
現在、二の郭は児玉中学校、三の郭は県立児玉高等学校の敷地となっており、本郭の一部は公園として残されている。
本郭は他の郭より一段と高く、中央に幅10mをこえる空堀があり、南側は断崖をなしている。

昭和58年3月
埼玉県

復元図を拡大。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_101?1521295656_
南ノ郭の様子。
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周辺案内図。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_103?1521602413_
左へ。
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南ノ郭の城址碑。
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進む。
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土塁に登る。
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雉岡城跡入り口を見る。
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南ノ郭を見下ろす。
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外堀跡の道路を見下ろす。
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土塁上を進む。
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大手を見下ろす。
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大手虎口。
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大手虎口は土塁が少し凹んだ程度の高さ。
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南側の高台と橋で繋がっていたのかな。
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堀跡の道路から見る。
東側から。
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西側から。
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戻る。
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大手虎口西側土塁。
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騎馬武者像。
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ここから先は児玉中学校の敷地となっている。
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堀跡の道路から見る。
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南ノ郭の南西隅。
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土塁はここまで。
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ここにも説明板。
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【埼玉県指定史跡 雉岡城跡】

雉岡城は八幡山城とも呼ばれ、関東管領上杉氏によって築城されたといわれています。
14世紀初めに

雉岡城は、八幡山城跡とも呼ばれ、関東管領上杉氏によって築城されたといわれています。
14世紀初めに編集された『宴曲抄』では「者の武の弓影にさはぐ雉が岡」と詠まれており、鎌倉時代には幹線道路であった「鎌倉街道」沿いの「雉が岡」の地に武士の居館の存在が推定されるところから、享徳の乱を契機にこの居館もとに城郭としての形が整えられたものと推定されます。
雉岡城は、交通の要衝である児玉の地と「鎌倉街道」随一とされる「児玉の市」を押さえることによって、乱の前線である五十子陣(本庄市東五十子)の兵站を確保する目的で築城されたものと考えられます。
なお、雉岡城は16世紀半ば以降に鉢形城(寄居町)の支城として、後北条氏によって城の縄張りが大規模に改修され城下の整備が行われました。
天正18年(1590)の豊臣方北国勢の侵攻に伴って落城し、徳川家康の関東入国後、松平氏が城主となりましたが、松平家清が慶長6年(1601)三河国吉田城(愛知県豊橋市)への転封ののちに廃城となりました。

本庄市教育委員会
平成26年3月

復元図を拡大。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_102?1521602413_
馬出。
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馬出には塙保己一の記念館が建っていた。
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馬出と南二ノ郭の土橋。
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南二ノ郭東側の堀。
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堀の中には夜泣き石。
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説明板。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_104?1521614311_
南二ノ郭土塁を進む。
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土橋から南二ノ郭南側堀を見る。
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南二ノ郭東側土塁。
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南二ノ郭には児玉中学校の校舎が建ち並ぶ。
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土塁の北端に金毘羅神社。
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土塁を下りて行く。
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本郭南東隅を見る。
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櫓台?
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南ノ郭北側を見る。
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櫓台?から南二ノ郭土塁を見る。
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本郭東側土塁。
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本郭東側堀を見下ろす。
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本郭東側土塁を進む。
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また本郭東側堀を見下ろす。
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土塁の北端から北二ノ郭を見る。
県立児玉高校のグランドとなっている。
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本郭北側の様子。
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土塁はここまで。
本郭東側堀を北から見る。
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東側は東ノ郭(ほうき郭)。
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東ノ郭。
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東ノ郭から本郭土塁を見る。
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東ノ郭と南ノ郭との間の堀。
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本郭東南隅。
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二ノ郭東側の堀を北から見る。
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南ノ郭北端にある井戸。
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南ノ郭へ。
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振り返る。
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南ノ郭から二ノ郭東側の堀を見下ろす。
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南ノ郭の土塁を見る。
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南ノ郭と東ノ郭との堀を見下ろす。
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南ノ郭を東側から見る。
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雉岡城跡入り口へ戻る。
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玉雲翁頌徳碑。
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碑の裏の土塁から外堀を見る。
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土塁から南ノ郭を見る。
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土塁を下りて北を見る。
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馬頭尊。
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土塁へ戻る。
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湾曲した外堀。
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土塁北端から東ノ郭と南ノ郭との間の堀を見る。
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東ノ郭東側の土塁。
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土塁上から南ノ郭を見る。
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東ノ郭南側土塁。
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漢詩?
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東ノ郭を見渡す。
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東ノ郭東側土塁を進む。
イメージ 81

外堀を見下ろす。
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土塁がだんだん低くなる。
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外堀を見る。
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県立児玉高校の入り口付近で一旦消滅。
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高校の敷地の中で復活しているようだ。
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外堀を見る。
イメージ 87

ここから北の外堀は木が生い繁りよく見えなかった。
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馬出付近まで行くと土塁を見ることが出来た。
イメージ 89

北ノ郭(三ノ郭)東側まで行くと解らなくなる。
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北ノ郭を北から見る。
イメージ 91

この辺りが馬出郭かな。
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雉岡城を後にする。
雉岡城跡の東に鎮座する種池神社。
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ここは戸田氏の陣屋跡。
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e7-31/kanezane/folder/1510034/54/62591654/img_105?1521627153_
北西へ歩く。
国指定史跡塙保己一旧宅。
イメージ 94

さらに北西へ歩く。
植竹の集落の中にある姫塚。
永禄年間に、雉岡城が北条氏に攻めたてられて城主一族が上野に引き上げる際、この地で息を引き取った病弱な姫の墓と云う。
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丹荘駅から帰りました。
イメージ 96

全部残っていたらなぁ〜と思う雉岡城でした。
2017年4月13日(木)晴

甲府盆地の奥に聳えるしだれ桜の巨木です。

詳しい地図で見る

JR中央本線塩山駅からバスを乗り継いで来れるそうですが、良く解らなかったので、レンタサイクルでやって来ました。
慈雲寺から約50分の坂道でした。
ふぅ〰
イメージ 1

集落の上にしだれ桜。
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足がガクガクでしたが、最後の力を振り絞って登りました。
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説明板。
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ぐるーっと一周。
南東から。
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南から。
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南西から。
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西から。
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北西から。
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北から。
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北東から。
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根元には秋葉さんと天神宮を祀る。
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桜の花びら。
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麓を見下ろす。
乙ヶ妻はおっかずまと読みます。
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遠くに富士山が見えました。
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南側から下山。
夜はライトアップされるようです。
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行きは東側からゆるやかな坂を登ったので気がつかなかったが、ここは個人の敷地で有料だった。
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最後に遠景。
イメージ 18

行くのが困難でなかなか見られない乙ヶ妻のしだれ桜でした。

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