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登城日 2007年12月23日(日)晴のち雨 難易度 ☆☆☆ 場所 兵庫県丹波市山南町岩尾 信濃より地頭として入部した谷基綱の孫である齊頼が和田氏を称し、永正十三年(1516)に築城したと伝えられる。 和田氏は天正七年(1579)に明智光秀により滅ぼされ、岩尾城も落城した。 その後、天正十四年に佐野下野守栄有が和田荘に入り、岩尾城を居城とした。 慶長元年(1596)に廃城となった。 和田小学校の裏山「蛇山」の山頂に岩尾城がある。 小学校の入口には生徒の手書きだろうか、案内図がある。 小学校に一礼して入る。 怪しまれないようにスタスタと通り抜ける。 校舎の裏には居館跡のような削平地が段々となっています。 そこに説明板がありました。 登って行くと、開けた場所に到着しました。 大手道との合流地点。 大手道へ行ってみましたが、途中草が茫々で道が解らず断念しました。 蛇山を見る。 名前からすると蛇がたくさんいるのでしょうか。 すべりやすいです。 階段がついているから助かります。 南曲輪。 下知殿丸曲輪。 下知殿丸曲輪の北側には深い堀切がある。 ここからが本城域である。 右は山肌、左は崖。 細い道を踏み外さないように進むと井戸がある。 右手の山肌に石垣が現れ始めた。 大手口へ向かって急な坂を登る。 登る時も恐いが、下りる時はもっと恐い。 高石垣が見えてきた。 崩落しませんように。 大手口。 岩尾城の縄張図。 大手口左側は西の丸。 二の丸から見た天守台。 天守台から見た二の丸。 天守台から見た本丸。 北側には高い壁がある。 多聞櫓があったのと思われる。 本丸から見た天守台。 天守台から西を見る。 天守台から北東を見る。 当時は重要な拠点だったので総石垣の城が築かれたのだろうが、今となっては…。 登城も大変ですが、ここまで来るのがもっと大変でした。 |
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2008年03月01日
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