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登城日 1回目 2007年 1月 3日(水)曇 2回目 2008年 8月 7日(木)曇 難易度 ☆ 場所 大分県大分市荷揚町
何故100名城に入ったのか解りませんが、スタンプをもらいに行って来ました。 府内城は、大友義統が領地没収された後に、石田三成の娘婿の福原直高により築城されました。 当時は、この地は荷落という地名であったが、縁起を担ぎ、荷揚と改名した。 よって、別名を荷揚城という。 駅前の繁華街を進み、最初の大通りを右折すると直ぐです。 西の丸南西二重櫓。 西の丸南面を見る。 宗門櫓(現存)。 府内城の案内板。 西の丸多聞櫓。 東の丸着到櫓。 東の丸東南隅櫓。 往時は平櫓でその横に三重櫓があったそうです。 三重櫓台。 東の丸北東隅櫓。 ここには平櫓が二基ありました。 二の丸の北側にある人質櫓(現存)方面を見る。 東の丸北東隅櫓と二の丸石垣。 人質櫓。 山里曲輪から見た本丸と西の丸の間の堀跡。 埋まってます。 山里曲輪と西の丸とは、廊下橋で繋がっていました。 廊下橋が再建されています。 廊下橋全景。 西の丸北東二重櫓跡。 その先にはかつてなかった入口があります。 大分文化会館へ車で入れるよう、石垣を崩して造ったのでしょう。 城内へ侵入。 入ってすぐ右側(旧西の丸)にある大分文化会館。 スタンプはこちらです。 ここでスタンプGet。 外に無造作に置かれていました。 この様子だと、何時行っても押せそうです。 廊下橋から西の丸へ入るところに虎口がありました。 本丸北二重櫓跡。 かつての城内の様子。 東の丸から見た天守台。 手前には二の丸と東の丸との間の堀があったのですが、現在埋まっています。 唯一残った、東の丸と本丸との境目の石垣。 天守台から見た二の丸と東の丸。 堀が無くなっているので、一つのグランドみたいになっています。 天守台には悲しい秘話があります。 城を出ます。 山里曲輪には築城当時の石垣が残っています。 山里曲輪から見た本丸北二重櫓跡と天守台。 山里曲輪にも石垣が部分的に残っています。 府内城は帯曲輪があるのが特徴的です。 帯曲輪の様子。 最後にスタンプ。 (おまけ) 駅の豊後茶屋でいただいた『豊後定食』。 鳥の天ぷらは革命的。 だんご汁もおいしいです。 やみつきになってしまいました。 お城よりこっちの方が良かったです。 |
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2008年08月17日
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