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登城日 1回目 1992年 3月25日(水)晴 2回目 2006年10月 8日(日)晴 難易度 ☆ 場所 愛知県清須市古城 室町時代初頭、尾張の守護職であった斯波義重により、守護所下津城(現稲沢市)の別郭として清洲城は築城され、織田敏定を守護代としてその勢力保持をはかったという。 その後、守護代織田家の内紛により下津城が焼失したことにより清洲城に守護所が移転、尾張国の中心地になった。 さらに織田信長が那古野城から移って本拠としたことにより一躍有名になった。 また、本能寺の変後、織田信雄により大改修され、二重の堀と大天守・小天守が造営された。 その後、徳川家康により清洲は城下町ごと名古屋への移転が命じられ、その後廃城となった。 廃城後も曲輪は残っていたようです。 しかし、東海道本線と新幹線の線路敷設により本丸は分断され、遺構は本丸土塁の一部が残るのみとなった。 本丸の様子。 清洲城碑。 天守台跡と言われる土塁。 天守台跡には織田信長公古城跡の碑。 天守閣の廃材は名古屋城御深井丸西北櫓に使われたという。 五条川沿いには発掘された石垣が復元されていました。 線路の南側の清洲公園には織田信長の像が建っていました。 この土塁は本物でしょうか。 だだっ広い公園でした。 五条川の対岸には平成元年に旧清洲町の町制100周年を記念して模擬天守が建てられました。 模擬大手橋を渡ります。 良く見るような天守閣。 近くで見ると味気ない。 清洲城はやはり新幹線の車窓から見るのが一番映えます。 つい見落としがちですが、見れたらラッキーです。 |
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2008年10月31日
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