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登城日 第一回 1995年頃 晴 第二回 2005年11月27日(日)曇 難易度 ☆ 場所 岡山県岡山市撫川 撫川城(なつかわじょう)は、1559年に備中国の三村家親により、備前国の宇喜多直家に備えるために築城された。 三村氏滅亡後は毛利氏の出城となり、秀吉の備中高松城水攻めの際、毛利方の国境防備の城である境目七城の一つとして位置づけられた。 江戸時代になり、庭瀬藩4代藩主戸川安風が早世した事により 弟の戸川達冨が名跡を継ぎ交代寄合旗本として5千石を知行することとなり、撫川城を中心に陣屋を設け、8代で明治を迎えた。 撫川城へはJR庭瀬駅下車、西へ歩いてすぐです。 撫川城説明板。 西南から見た櫓台石垣。 見事な野面積みの石垣と水堀が残っています。 西北隅石垣。 大きな天守台にも見える。 明治になって撫川知行所総門が移築されている。 本丸の様子。 井戸跡。 周囲には土塁も残る。 東側石垣。 撫川城は本丸しか無く、庭瀬城の中にある。 元は一つの城だったという。 撫川城だけ石垣がしっかり残っていて、見ごたえありました。 |
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2008年12月16日
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