|
登城日 2007年 9月24日(月)晴
難易度 ☆☆
場所 青森県三戸郡三戸町梅内
「三日月の丸くなるまで南部領」と言われるほど勢力のあった南部氏。
三戸城は南部氏が盛岡へ居城を移すまでの本城であった。
三戸の由来は南部氏が領内を九つに分けたからとか。
戸とは牧場を意味するそうです。
三戸へは、盛岡からIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道と乗り継ぐこと(実際は直通列車なので乗り換えはありません。)約1時間10分で着きました。
盛岡から三戸まで2両編成の快速には、乗客は私を含め2人しか乗っていませんでした。
大丈夫でしょうか。
途中、目時駅を通過しました。
時刻表に発着と大きな字で載っている駅です。
何もありそうもありませんでした。
IGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道の分岐点だからと解りました。
三戸駅から南部バス田子高校行きに乗り、城山公園前下車。
南部バスはちゃんと走るのかなぁと思うくらい古かったです。
役場の裏にあった三戸代官所跡。
南部氏は、盛岡へ居城が移した後、ここで三戸一帯を支配していました。
その裏には大手門がありました。
その脇にあった門住稲荷。
大手口を守護していました。
説明板。
城山公園案内図。
物見櫓跡。
ここから車道沿いに比較的大きな石垣が残っています。
綱御門へ。
平成元年にふるさと創生一億円を使って再建された。
石垣が今一つ。
裏から。
二億円あればもっと本物っぽく出来たのでしょうか。
それにしても、ふるさとを創生するはずでしたが、すっかり深い森の中に埋没していました。
本丸へ登って行きます。
振り返る。
左右には曲輪が段々に連なっていました。
鳩御門跡。
ここから先は家臣の屋敷が連なります。
北左衛門佐邸跡。
南部氏の知将、北信愛のことでしょうか。
東彦左衛門邸跡。
始め九戸政実を支持するも、時勢を読み、三戸南部氏支持に転向した。
石亀七左衛門邸跡。
家老として南部氏に仕える。
今は動物園になっていました。
欅御門跡。
何だか良くわからない。
南部彦八郎利康邸跡。
南部氏27代当主利直の四男。
死後利直によって霊屋が建てられ、現在国指定重要文化財となっているそうです。
(帰宅後に知りました。)
敷地内には糠部神社が建っています。
その横の、利直の次男彦九郎政直邸跡には模擬天守が。
中は資料館になっています。
三戸城図。
模擬天守からの眺め。
周りの木々は高く、ある特定方向しか見えない。
当然、城下からも見えない。
何でこんなもの建てたのでしょうか。
もったいない。
大御門跡。
高い土塁が残っています。
いよいよ本丸。
現在はイベント広場になっています。
本丸北東にあった穴御門付近。
ここに模擬天守のモデルとなった御三階櫓が建っていました。
時間がなくなってきたので、急いで鍛冶御門跡へ。
ここを見るために来たのです。
上から。
草に覆われて残念。
下から。
石垣が素晴らしい。
石垣が崩落しそうです。
長くなりましたので、三戸城を去ります。
三戸城表門。
具体的にどの門であったかは定かではないそうです。
城下の龍川寺にあります。
三戸城搦手門。
城下の法泉寺にあります。
三戸城を城下から振り返る。
やはり模擬天守は見えない。
所々城の痕跡が残っているものの、見えない天守が象徴するように、はっきりしない。
鍛冶御門跡は必見。
出来れば、草が枯れ、雪が積もる前に訪れたい。
もちろん三連休パスが使える日に。
|