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登城日 1回目 2003年11月29日(月)晴
2回目 2006年11月26日(日)晴
3回目 2009年 2月 8日(日)晴
難易度 ☆
場所 滋賀県近江八幡市宮内町
天正13年(1585)羽柴秀次によって八幡山(標高286m)の山上に築城された。
秀次が在城したのは5年間であったが、安土城下から城下町を移住させ、現在の近江八幡の町の発展の礎を創った。
その後。秀次は清洲城へ移り、京極高次が城主となったが、文禄4年(1595)秀次の自刃とともに廃城となった。
しかし、近江八幡は商人の町として発展を遂げた。
地図を拡大。
駅からちょっと離れてます。
八幡山城へはバスで行けますが、レンタサイクル(500円)も便利です。
城下町には古い街並が残っています。
八幡堀新町浜。
八幡堀は運河としての機能も持っていたが、次第に廃れ、一時期は埋め立てて公園と駐車場にする計画もあったという。
地元の方の努力により、このようなきれいな堀に復元され、観光名所となっている。
大手から見た八幡山。
図書館の裏には公園があります。
その奥に秀次の居館跡がありました。(前回のもの)
すっかりきれいに整備されました。
居館の石垣が段々に連なります。
一番奥に虎口があります。
虎口を横から。
居館跡には櫓台か何かの石垣でしょうか。
わずかに残っていました。
反対側は草茫々です。
居館跡から見下ろす。
すごい竹薮です。
八幡山城へ登る。
白雲橋から見た八幡堀。(前々回のもの)
八幡堀説明板。
日牟礼八幡宮。
八幡山城へは歩いて登っている人もいますが、ロープウェーが便利です。
八幡山城位置図。
一周30分だそうです。
ロープウェーを降りると、いきなり二の丸の石垣が聳える。
八幡山城絵図。
お願い地蔵堂。
二の丸への虎口。
西の丸。
西の丸の石垣。
出丸。
西の丸へ戻って、さらに奥へ。
北の丸。
本丸の石垣に沿って先へ進む。
一周して本丸へ。
本丸虎口。
本丸には村雲御所瑞龍寺が建っています。
本丸から城下を見下ろす。
二の丸にはお土産屋兼資料館が建つ。
ここで一周しました。
また、ロープウェーで城下へ戻る。
八幡山城は石垣が立派でした。
100名城に入らなくても、名城だと思います。
観光しながら帰る。
駅が遠いなぁ〜
白雲閣。
明治初期の学校。
近江八幡といえば、近江兄弟社。
『メンターム』を製造、販売している。
学校も有名。
近江兄弟社を創った建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
『メンターム』と『メンソレータム』って似ているなぁ〜、と思い調べてみると、
近江兄弟社の以前の主力商品はメンタームではなくメンソレータムであった。メンソレータムは、アメリカ合衆国の「メンソレータム社」の製品であり、近江兄弟社が日本国内の販売権を持ち日本国内向けに販売、その後製造も手がけるようになった。しかし1974年に近江兄弟社は倒産し、メンソレータムの販売権も返上した(その後翌年の1975年にメンソレータムの販売権はロート製薬が取得、さらに1988年にはメンソレータム社本体もロート製薬に買収された)。
近江兄弟社は、その後大鵬薬品工業の資本参加で再興をはかったが、そのときにはもうメンソレータムの商品名を使うことができなくなっていた。そのため、メンソレータムの製造設備を利用し、現存の「メンソレータム」とは多少は処方が異なるがほぼ類似した「メンターム」を製造販売した。この「メンターム」を、自社の主力ブランドとして育て、今に至っている。(wikipediaより)
な〜るほど。
長年の懸案事項が解決しました。
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