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登城日 2006年 2月 20日(金)晴 難易度 ☆ 場所 静岡県伊豆の国市四日町 室町時代の後半、関東地方では、室町幕府に従う勢力と対抗する勢力とが激しく争っていました。 そこで、将軍の足利義政が、直接関東地方を支配するため、長禄元年(1457)、鎌倉公方として派遣したのが兄の足利政知です。 しかし、政知は戦乱のため関東(鎌倉)まで行くことができず、韮山の堀越(四日町の一部)の地に居館を作って身を落ちつけました。 これにより政知は「堀越公方」と呼ばれました。 しかしこの御所も、政知の死後、明応ニ年(1493)に北条早雲によって滅ぼされてしまいました。 古い説明板。 最近新しくなったらしい。 解説版。 伝堀越御所の碑。 発掘で池跡や遣水、建物跡が見つかったそうです。 私有地のため、容易に発掘調査が出来ないそうです。 七つ石。 近づいてみる。 説明板。 御所の庭石だったらしい。 近くの願成就院跡。 文治五年(1189)、源頼朝と関東の武士団が、反抗した源義経をかくまった奥州藤原氏を攻めた際に、北条時政が戦いの勝利を祈って建てたといわれています。 再建された本堂の裏に、堀越公方二代目足利茶々丸の墓がある。 ここはかつて北条氏の居館があった場所なので重要な場所なのかもしれませんが、南には守山があり日当たりは良かったのでしょうか? 北に富士山が見えるからここにしたのかな? |
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