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登城日 2007年 3月 13日(土)曇 難易度 ☆ 場所 長野県飯田市追手町 13世紀初めに小笠原氏の一族の坂西氏により築かれたといわれる。 戦国時代には武田家の支配するところとなり、伊奈郡代となった配下の秋山信友により強固な城へ改修された。 武田氏滅亡後は毛利秀頼、京極高知が入り、この頃に近世城郭としての姿が整えられた。 江戸時代になると小笠原氏1代、脇坂氏2代と続き、寛文12年(1642)堀親昌が2万石で下野烏山より入封し、以後明治維新まで飯田城に居を構えた (wikipediaより) 飯田へは有名な飯田線で行けますが、その場合は飯田線乗車自体が目的になってしまい、飯田に着く頃には日が暮れてしまうかもしれない。 高速バスが便利かも。 飯田城は、天竜川の支流の松川と野底川にはさまれた河岸段丘の先端部分を利用して築かれた平山城である。 かつての様子は、飯田市美術博物館のHPで確認してください。 (左下にある研究室をクリック→人文部門をクリック→飯田城ガイドをクリック) http://www.iida-museum.org/ 飯田愛宕城から見た飯田城。 飯田城外堀跡。 説明板。 三の丸の先には、藩主の居館があった桜丸(現合同庁舎)がありました。 桜丸の石垣? これも本物? 桜丸御門(赤門)は城内に移築保存されています。 桜丸から出丸(現追手町小)を通って二の丸(現飯田市美術博物館)へ。 二の丸の入口には二の丸御門がありました。 説明板。 何と、市内に現存しているそうです。 見たかった〜。 二の丸水の手には石垣が現存しています。 二の丸水路跡。 二の丸石組竪穴跡。 本丸と二の丸の間の空堀。 谷のようです。 飯田城本丸入口。 飯田城本丸観耕亭碑。 本丸跡は長姫神社となっています。 神社の裏には石積土塁があったのですが、僅かしか写ってませんね。 残念ながら、遺構のほとんどは壊滅してしまい、僅かな痕跡から往時を偲ぶしか無いです。 |
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2009年03月21日
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