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登城日 2007年 4月 4日(水)晴 難易度 ☆☆ 場所 岡山県津山市神戸433
ここが、美作国の守護所のあった院庄館跡です。 詳しい地図で見る 院の庄館には以下の伝説が残っている。 元弘元年(1331)に鎌倉幕府の打倒に失敗し囚われの身となった後醍醐天皇は光厳天皇への譲位を強制された後、翌年3月になって京から隠岐へ配流されたが(元弘の乱)、その途上、美作国院庄の守護館に宿泊した。 一方、備前国の土豪児島高徳は手勢を率いて、護送の途中で先帝(後醍醐天皇)を解放しようと企てたが、好機を見いだせないまま院庄まで追跡してきていた。厳重な警護をかいくぐり守護館の庭に単身潜入した児島高徳は、桜の木の幹を削って白くなった所に、次のような十字詩を刻んだ(「白桜十字詩」と呼ばれる)。 天莫空勾践 時非無范蠡 【書き下し文】天、勾践を空(むな)しうすること莫(なか)れ。時に范蠡無きにしも非ず。 【大意】天は、呉との戦いに敗北し捕らわれた越王・勾践を見捨てなかったように、先帝を見捨てることもありません。勾践に范蠡という忠臣がいたように、先帝を助け出す忠臣が必ず現れましょう。 (wikipediaより)作楽神社は、明治2年(1869)に後醍醐天皇とその忠臣児島高徳を祭神として、津山藩主松平慶倫により創建された。 説明板。 三方に土塁が残る。 近づいてみる。 慶長8年に信濃川中島より森忠政が美作一国を与えられ入封。 院庄館の修築を試みたが、この地は適地ではなく津山築城となったという。 攻められたらすぐ落城してしまいそうな居館跡といった感じでした。 |
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