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登城日 2004年 8月 8日(日)晴 難易度 ☆☆ 場所 福島県東白川郡棚倉町大字棚倉 立花宗茂の後を受けて元和6年(1620)棚倉藩に5万石で入封した丹羽長重は、それまでの山地の城を避け、棚倉盆地の中央にあった都都古別神社を遷宮しその跡地に江戸幕府の許可を得て棚倉城を寛永2年(1625)に築城した。 丹羽氏は後に白河藩に移封され、諸大名の転封を繰り返した後、最終的には慶応2年(1866)に阿部正静が6万石で入封した。棚倉藩は奥羽越列藩同盟に加盟したため、慶応4年(1868)に勃発した戊辰戦争で板垣退助の率いる官軍800名の攻撃を受け6月24日にわずか1日で落城した。 (wikipediaより)棚倉へは郡山からJR水郡線で約1時間です。 しかし、関東方面から行く場合には、新白河駅で下車し、白棚線の廃線跡を走るジェイアールバス関東バスに乗り換えた方が早くて便利です。 棚倉駅から城跡へはすぐです。 詳しい地図で見る 棚倉城説明板。 追手門跡にある大けやき。 本丸には内濠が残っています。 南東面。 南西面。 北西面。 北面。 北東面。 本丸一之門(追手門)土橋。 門は桝形になっていました。 本丸櫓門跡。 本丸は土塁が巡っています。 黒野城や加納城のような感じですね。 隅櫓跡。 二重の隅櫓が建っていたそうです。 土塁から見た本丸。 別角度。 土塁に囲まれた本丸には御殿が建っていました。 本丸を囲むように二の丸がありました。 二の丸は外濠で囲まれていたようですが、現在はなくなっています。 二の丸を西から見る。 何かありますね。 近づいてみます。 丹羽氏が築いた東北の3城のうち、この城は土塁造りです。 後の2城(白河小峰城・二本松城)は立派な石垣造りです。 しかし、二の丸の西側部分のみ石垣が横たわっています。 中学校の敷地内なので、容易に近づけないのが残念でした。 この日は大変暑かったからか、せっかく行ったのに桝形の様子や城址碑などかなり撮り忘れてしまいました。 なかなか行ける場所ではないので残念です。 |
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2009年05月30日
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