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登城日 2005年 8月24日(水)晴 難易度 ☆☆ 場所 長野県佐久市田口3000-1 信濃国と三河国に領地を持つ三河奥殿藩の藩主だった松平乗謨(大給恒)は、幕末の動乱期に拠点を田野口に移すことを決める。 開明派だった松平乗謨は洋式築城での設計を幕府に届け出て許可を得る。 元治元年(1864)、築城を開始。完全な完成前に明治維新を迎えた。 総工費は当時の金額で4万円強と伝えられている。 フランスの稜堡を取り入れているものの、胸壁が低く水堀も狭く、砲台も西方に一基しか無いため実戦には耐えられないと見られる。 内郭の中央に藩主宅と政庁があり、正門、通用門はそれぞれ東北、東南の凹面に、また非常門は西北と南南東の凹面に設けられていた。 現在城跡には市立田口小学校が建っている。 (wikipediaより) 龍岡城へは龍岡城駅が最寄駅なので解りやすい。
隣りの臼田駅の方が実は近いかも。 詳しい地図で見る 駅からてくてく歩いて行くとこんもりとした木々が見えてきました。 手前には虎口があります。 上の地図では下町と書いてある辺りです。 臼田駅から龍岡城へ行った場合にはここは気がつかないかも? 近づいてみる。 振り返る。 ここから城域です。 (何故かこれだけ残っています。) 龍岡城空撮。 きれいな形ですね。 説明板。 ぐるっと一周。 北東から北側水堀を見る。 北東から東側水堀を見る。 南東から南側水堀を見る。 この先は水堀が切れています。 石垣西面。 石垣西から北西面を見る。 また水堀が復活。 北西から西側水堀を見る。 北西から北側水堀を見る。 大手門跡。 本丸は小学校の敷地になっています。 本丸跡には台所櫓が現存しています。 行った時はただの物置だと思いました。 これでも櫓だったんですね。 もっと近づけば良かったです。 この城はやっぱり上から見るのが一番ですね。 |
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