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登城日 第一回 2001年 秋 第二回 2005年 9月 3日(土)曇 難易度 ☆ 場所 富山県富山市本丸 【富山城の歴史】 天文12年(1543)に新川郡への進出を目論む越中守護代の神保長職が、家臣の水越勝重に命じて築城したとされるが、近年の発掘調査により室町時代前期の遺構が発見され、実際の築城時期はさらに遡ると考えられている。 ただし、神保氏時代の富山城は現在地ではなく、約1キロメートル南方の微高地にあったとする説もある。 富山の地は越中国のほぼ中央に位置し、飛騨と北陸道を結ぶ交通の要衝にあたり、松倉城主椎名氏、越後上杉氏、一向一揆等の勢力の争奪の的となり、抗争が繰り返された。 慶長5年(1600)以前に成立の『富山之記』には、神保氏時代の富山城と城下の発展の様子が詳しく記されている。 天正10年(1582)織田信長の家臣佐々成政が富山城主となり、大規模な改修を加えた。 その際に3つの鯱を持つ5層の天守が建てられた。 また、神通川の流れを城の防御に利用し、水に浮いたように見えるために「浮城」の異名をとった。 当時の神通川は富山附近で東に大きく蛇行しており、その南岸に富山城は築かれた。 神通川改修後の旧河道は松川と呼ばれ、今も富山城址の北側を流れる。 本能寺の変の後、豊臣秀吉と袂を別けた佐々成政は、天正13年(1585)8月、秀吉自ら率いる10万の大軍に富山城を攻囲されて降伏し(富山の役)、富山城は破却された。 やがて越中一国が前田家に与えられると、前田利長が大改修を行い隠居したが、慶長14年(1609)に建物の主要部をことごとく焼失したため、高岡城を築いて移り、富山城には津田刑部義忠が城代として入った。 寛永16年(1639)、加賀藩3代藩主前田利常は、次男利次に10万石を与えて分家させ、富山藩が成立した。 翌寛永17年、利次は当時加賀藩領内にあった富山城を当座の仮城として借りて越中に入った。当初、婦負郡百塚に新たに築城することを予定していたが、財政事情からそれを断念し、万治2年(1559)に加賀藩との領地交換により富山城周辺を自領とした。 万治4年、幕府の許しを得て富山城を本格的に修復し、あわせて城下町を整え、以後富山前田氏13代の居城として明治維新を迎えた。 明治4年廃藩置県により廃城となり、翌年建築物は払い下げられ、本丸御殿は県庁舎(明治32年焼失)、二の丸二階櫓御門は小学校(明治16年解体)として現地でそのまま利用されるものもあったが、千歳御殿を含め他の大部分はその際に解体された。 城の周囲を巡っていた水濠も本丸と西の丸の南側部分を除き昭和37年までに順次埋め立てられた。 昭和29年(1954)に戦後最初の模擬天守を建築した。 模擬天守の内部は富山市郷土博物館になっている。 なお、この模擬天守は平成16年(2004)に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。 平成19年(2007)、10代藩主利保の隠居所として東出丸に隣接して建てられた千歳御殿の門が、明治時代移築されていた豪農の民家から城址公園内(本丸東側)に再移築された。 現在、城址公園の全面的な再整備が行われており、その一環として、佐藤記念美術館から千歳御門にかけての本丸東側の堀の一部復元が計画されている。 埋め立てによって失われた搦手門の枡形(外桝)が再現される予定である。 (wikipediaより)富山城の位置。 駅から南へ歩いて行くと堀や石垣が見えてきます。 詳しい地図で見る 本丸、丸ノ内、総曲輪といった地名が富山城の名残です。 現在は本丸南側の内堀周辺が乗っています。 本丸東側の石垣。 本丸内堀南側。 本丸虎口には模擬天守が建てられています。 確かにこの位置で、しかも天守台の無い天守閣は変なのですが、富山城の模擬天守はすでに存在感を確立しています。 夜にはライトアップされます。 別角度。(前回のもの) 模擬天守の西側にも高石垣が続いています。 城内へ入る。 巨石が組み込まれています。 本当はここに櫓門があったのでしょうか。 城内から。 城内別角度から模擬天守を見る。 この日は模擬天守は修復中のため、中に入れませんでした。 石垣には階段が付いています。 石垣の上の様子。 広いです。 多聞櫓でもあったのでしょうか。 本丸の様子。 本丸を北から見る。 模擬天守の後ろに聳えるANAホテルに泊まりたかった… 前田正甫公像。 初代藩主・前田利次の次男で2代藩主となる。 富山の薬売りの基礎を作った。 本丸の北側にある富山佐藤記念美術館。 もう一つの模擬天守です。 こちらは日本海側の城郭にありがちな海鼠壁です。 模擬天守北側を流れる松川。 神通川が流れていた名残です。 本丸から東出丸への虎口。 東出丸側から見る。 このあたりの石垣は荒々しい。 これは誰だったかな? 埋もれた石垣が何ともいい感じです。 他にも千歳御門等の見所があったのですが、予備知識無く立ち寄ったので、見落としました。 詳しくは下記HPで調べて下さい。 http://homepage2.nifty.com/kitadai/toyamajyo/top/top.htm http://www.city.toyama.toyama.jp/etc/muse/outline/index.html (おまけ) この日のメインはおわら風の盆でした。
富山市の南に位置する越中八尾という小さな街で毎年9月1日から3日にかけて行われる祭りです。 越中八尾へはJR高山本線で行けますが、祭り当日は富山市内から直通バスが出ます。 場所はココです。 詳しい地図で見る 哀愁ある音色の胡弓の調べに合わせて、一日中練り歩く優雅な踊りです。 風が涼しく、秋を感じました。 よかったです。 |
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えきそば
評価 ☆☆☆☆ 姫路駅のまねき食品の「えきそば」
初めて口にした時は衝撃を受けました。 立ち食いそばなのに麺はラーメン? つゆはいりこだし? 妙な組み合わせに、最初はだまされたと思いました。 しかし、姫路はちょうど乗換の駅なので、つい食べてしまう。 そのうちにやみつきになった。 今では必ず食べます。 逆に「和そば」ってどんな味がするのか気になります。 こちらは、新幹線改札口前にある店。 セットメニューがあります。 凄くおいしいというわけではありません。 故郷の味なのかなぁ。 |
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