三日月の館

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鞍谷御所(越前国)

登城日 2005年 9月 2日(金)快晴
難易度 ☆
場所   福井県越前市池泉町

鞍谷御所は、足利氏一門鞍谷氏の館跡です。
継体天皇の宮居跡でもあったという。

詳しい地図で見る

イメージ 1

室町末期の鞍谷氏の館(鞍谷御所址)の一部である。
現在は味真野神社の境内をコの字に囲むようにして北・西・南面の土塁と、北・西面の空掘を残している。
いい伝えによれば、古代の男大迹王(継体天皇)の宮居の跡といわれ、中世になっては足利将軍義満の次男義嗣が上杉禅秀の乱(1416)に連座して殺され、その子嗣俊がこの地に住み、鞍谷氏と称し三代栄えたという。
最近の説では、斯波義俊の館跡といわれる。
義俊は、応仁の乱の原因にもなった斯波家家督相続争いの斯波義廉の子息で、朝倉氏によって名目上の守護として越前に迎えられ、はじめ一乗谷に在住したが文明18年(1486)にはこの地に移っている。
子孫は代々鞍谷氏を称し朝倉氏と婚姻関係を結びながら居住し、朝倉氏滅亡後は小丸城を築城した佐々成政と臣従関係をむすんでいった。

鞍谷御所は、小丸城から近いです。
鞍谷御所跡には現在味真野神社が建っています。
神社には土塁が巡っています。
方形の館だったようです。
イメージ 2

土塁の外側には堀があったようです。
イメージ 3

このあたりの土塁はしっかり残っています。
イメージ 4

境内から見た土塁。
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神社横の土塁には電線が。
感電しそう。
イメージ 6

電線の向こう側には水堀が残っています。
イメージ 7

ここにも継体天皇。
イメージ 8

花がたみ
−継体大王物語−

継体天皇と照日の前の像である
室町時代の世阿弥が作った謡曲「花筺」には、二人の美しいロマンスが語られている
越前の国味真野におられた男大迹皇子はにわかに皇位につくことになり寵愛する照日の前に花筺と玉章を贈って上京し、継体天皇となられた
残された彼女は皇子恋しさのあまり花かごと御手紙をもって大和の玉穂の都へと上り紅葉狩りの行幸に遭う
そこで花筺が縁で再び天皇の愛を回復したという
世阿弥には巷間に取材した曲があるがこの「花筺」も当時味真野に伝えられていた継体大王伝説をもとに創作されたものであろう
今 新しい世紀を迎えるにあたり継体大王伝説を伝えてきた先人の心を大切にしここに花がたみの像をつくり永く後世に伝えるものである
平成13年5月吉日
(現地石碑より)
味真野の主役は、佐々成政や、鞍谷氏では無く、継体天皇のようです。

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