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登城日 2007年 9月22日(水)曇 難易度 ☆ 場所 青森県青森市浪岡大字浪岡 最寄駅である浪岡は、青森と弘前の間にある駅で、特急電車が止まります。
詳しい地図で見る 【浪岡城の歴史】 戦国の豪族北畠氏の居城。 浪岡町中心部の東方、浪岡川正平津川合流点右岸段丘面に築かれた平城。 築城は15世紀後半の4代顕義のころとされる。 北畠氏は建武の新政(1334〜36)に活躍した北畠親房の子孫。 「御所」の敬称で呼ばれる。 京都の公卿の日記にも登場。 浪岡へは応永年間(1394〜1428)に来住、岩手県閉伊地方に住んでいたのを南部氏が津軽支配にその権威を利用しようとして連れてきたといわれる。 浪岡城は東側から新館、東館、猿楽館、北館、内館、西館、検校館の7郭と発掘によって発見された無名の館で構成されており、(指定面積は約13万6千m2)城跡は20数年の発掘調査で復原が試みられ、史跡公園を目指している。 内館が城主の居住した館で、他の館に武家屋敷の建物があり、堀が各館を分ける。 出土物4万点の中に陶磁器が1万6千点、その半数以上が中国製で、北畠氏の文化の高さを示す。 また北畠氏の特別の権威を示す中国製茶壷もある。 浪岡城は天正6年(1578)大浦為信によって落城した。 (青森県庁HPより)駅からちょっと離れています。 検校館入口に建つ浪岡城址碑。 縄張図。 西館。 内館の堀。 内館への虎口。 猿楽館を見る。 東館へ。 入り口には碑が残っていました。 東館から新館を見る。 東館付近の堀。 遠くに岩木山が見える。 東館から北館へ向かう。 北館北側の堀。 北館北側には土塁が残存する。 北館は建物の柱が復元されている。 かつての様子。 説明板。 こういう復元は助かります。 北館南側の堀。 北館西側の虎口。 北館西側の虎口を西から見る。 北館北側の堀を西から見る。 堀は二重になっている。 西館北側の堀。 西館東側の堀。 西館南側の虎口を内館から見る。 内館には何も無い。 西館南側堀。 今度は西館から内館虎口を見る。 西館も何も無い。 西館北側虎口。 西館から検校館を見る。 検校館。 最後にもういちど南側の堀を見る。 南側の堀に面して、検校館・西館・内館・猿楽館・東館・新館が並んでいた。 南には浪岡川が流れている。 もういちど北側の堀を見る。 北側の堀の北側には検校館・無名館が、南側には西館・北館が面していた。 堀は二重になっていた。 浪岡城は国指定史跡。 低湿地に浮かぶ島のようだったのではないでしょうか。 現地を見るとなかなかと思うのですが、帰って写真を見ても何処なんだかなかなか解らない。 是非とも現地へ足を運ぶべき。 また、東北の日没は早い。 浪岡城跡案内所や中世の館が見れなかったのは、とても残念。 下記HPで確認しておけばよかった。 https://www.city.aomori.aomori.jp/n-kyouiku/bunka-sports-kanko/bunka/bunka-geijutsu/bunka-shisetsu/05.html いつか再訪したい。 |
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2009年09月25日
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