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登城日 2006年10月 7日(土)曇 難易度 ☆ 場所 栃木県那須烏山市城山 ミステリートレインの終着駅にもなったJR烏山線の終着駅である烏山駅。
ここから少し歩いたところに烏山城があります。 詳しい地図で見る 【烏山城の歴史】 応永25年(1418)下那須家初代那須資重によって築かれ、永正11年(1514)の下那須家滅亡まで下那須家の居城、那須氏統一後は、那須氏の居城として使われた。 戦国時代には、佐竹氏により度々攻撃対象とされ、永禄6年(1563)の大海の戦い、永禄9年(1566)の治部内山の戦い、永禄10年(1567)の大崖山の戦い、霧ヶ沢の戦いなど、何度か城下まで攻め込まれている。 天正18年(1590)那須資晴の時、那須氏が改易され織田信長の次男・織田信雄が入城。 2カ月間、城主を務めた。 江戸時代には、烏山藩の政庁となり短期間に城主が交代した。 成田氏・松下氏・堀氏・板倉氏を経て、天和元年(1681)那須資祗が2万石で旧領に復帰するが、貞享4年(1687)子の那須資徳の時、改易。 以後、永井氏・稲垣氏を挟み、享保10年(1725)大久保常春の入封後は、大久保氏が城主を務め、明治2年(1869)版籍奉還と共に廃城となった。 明治5年(1872)には、積雪によって三ノ丸御殿が倒壊、明治6年(1873)には、失火によって、古本丸、二ノ丸、中城、北城の建物を焼失した。 現在は、県立自然公園として、石垣・土塁など、各遺構が良好な形で現存している。 また、搦手門が移築され現存している。 (wikipediaより)説明板。 大手門は烏山幼稚園入口交差点付近にありましたが、廃城後移築現存していました、大正初期に解体されたそうです。 残念! 石垣が使われています。 三の丸虎口。 三の丸説明板。 草茫々で良く解らない。 太鼓櫓でも建っていたのでしょう。 常盤橋御門との間には車橋がありました。 常盤橋御門を抜けると常盤曲輪がありました。 ここは近世二の丸にあたります。 石垣が見られました。 (写真ではさっぱり解りませんが…) 二の丸には塩倉がありました。 二の丸には番所もありました。 番所から見た車橋。 本丸へ向かいます。 塩倉から本丸を見上げる。 番所から見た吹貫門跡。 吹貫門跡。 ここにも石垣が見られます。 低いですが、しっかりとした石垣です。 その先に正門がありました。 正門前の石垣。 (写真では本当に良く解りませんね) 正門の石垣。 (あ〜まったく、腹が立ちますね) 本丸へ進む。 本丸から見た正門。 本丸にも石垣が見られました。 本丸西側の空堀。 なかなかの見所です。 本丸の北側には二の丸(古本丸)があります。 二の丸(古本丸)説明板。 二の丸(古本丸)から本丸を見る。 二の丸(古本丸)のさらに北側には中城がありました。 二の丸(古本丸)と中城の間の空堀。 あまりにも草茫々なので引き返しました。 帰りに烏山城南側に位置する筑紫山に立ち寄りました。 烏山の由来が書かれていました。 結構見所があるハズなのですが、木が鬱蒼と繁り日当たりが悪く草茫々で、土塁・堀・石垣が良く見えず、とても残念。 時期を選べば見えたかも。 10月でもまだ早かったです。 |
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2009年10月13日
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