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登城日 2006年12月10日(日)晴 難易度 ☆☆ 場所 静岡県掛川市西大渕
嫡男がいたが遺領の相続は許されず、家臣で義弟(正室の弟)にあたる有馬豊氏が領地と家臣団を継承した。 横須賀城へは、JR東海道線袋井駅から、秋葉バスで大須賀方面行きに乗ります。 かつては、静鉄駿遠線が走っていましたが、昭和42年に廃止されてしまいました。 (間違っても、京浜急行に乗って神奈川県の横須賀へ行かないように。) 詳しい地図で見る 【横須賀城の概要】 横須賀城は、遠江国城東郡横須賀に戦国時代から江戸時代にあった平城。 武田氏の高天神城に対抗するため徳川家康が大須賀康高に命じて築いた城郭である。 大須賀家2代の後、渡瀬家1代、有馬家1代、その後、再び大須賀家2代となるが除封され、能見(松平)家2代、井上家2代、本多家1代とめまぐるしく藩主が代わり、西尾忠成が2万5千石で入封し、以後7代をもって明治維新を迎える。 西尾家歴代の藩主のなかで忠尚は名君の誉れ高く、若年寄を勤め5千石加増され、都合3万5千石になり、老中も勤めている。 【城郭の特徴】 横須賀城の特徴は他に類を見ない天竜川より運ばれた玉石垣を用いた築城法である。 天守閣は三層四階であった。 宝永年間に起こった大地震のため湊が隆起してしまい、用水路を作って凌いだ。 【遺構】 石垣、堀、土塁等が残り、現在公園として整備されている。 国の史跡に指定されている。 また、不開門が城跡の北西にある撰要寺に、町番所が市役所大須賀支所北側に、それぞれ移築され現存している。 これらの移築建造物は,掛川市文化財に指定されている。 このほか、袋井市の油山寺には旧御殿の一部が移築されている。 (wikipediaより) といっても、原っぱだけですが… 碑があったので解りました。 西側には不開門がありました。 近くに移築現存していたらしい。 見落としました。 北外堀。 南へ戻って西大手門跡。 脇の西櫓跡は発掘中だった。 西大手門を入ると二の丸があった。 かつては御殿が建っていたのですが、一面原っぱで何が何だか解らない。 碑が建っててよかった。 一部土塁が残っています。 南から。 西から。 二の丸の東には西の丸がある。 間には堀があったようだ。 西の丸から見た二の丸。 西の丸西斜面石段説明板。 西の丸米倉跡。 現地にあった模型。 西の丸から見た本丸。 本丸。 本丸には三層四階の天守が建っていました。 (一層多いなぁ〜) 城址碑。 天守台。 天守台は石垣では無かったです。 佐倉城や久留里城みたいです。 西から見る。 天守台遺構説明板。 天守台から松尾山を見る。 天守台の北側の切岸。 本丸から南下区域を見る。 行ってみる。 (つづく) |
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2009年12月06日
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