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登城日 第一回 1991年頃
第二回 2009年 2月 8日(日)晴
難易度 ☆
場所 京都府京都市左京区一乗寺堀ノ内町
一乗寺下り松から曼殊院道は北に向きを変えます。
雲母坂(きららざかと読みます)から比叡山へと続いています。
昔はこの道を通って、比叡山の僧兵が神輿を担いで強訴するために、京の街へと向かったのでしょうか?
途中には、親指の大きさぐらいの小茄子に白味噌をあえた雲母漬(きららづけ)が有名な店があります。
説明板。
道の途中には、土豪渡辺氏の居館である渡辺城がありました。
遠景。
南側には土塁が残ります。
道は堀跡でしょうか。
居館には現在も居住しているようです。
玄関まで近づくと、宮内少輔城の石碑がありました。
宮内少輔渡辺昌(生没年未詳)は,戦国時代に一乗寺一帯に勢力を張った土豪。
田中の渡辺に対して,北渡辺と称されたという。
はじめ将軍足利義昭に仕えるが,織田信長と義昭との対立に際して,信長に属し,のち豊臣秀吉の馬廻となる。
その子渡辺内蔵助糺(生年不詳 - 慶長20年(1615)5月7日)は、槍の名手で豊臣秀頼に槍の指南役として仕え、大坂夏の陣で秀頼の自害を聞いて、自身も立ったまま切腹したという。
玄関の脇に石垣が。
本物でしょうか。
北側は大明神に守られていました。
しかし、こんな細い道の住宅街も『GoogleEarth』で見ることが出来るとは…
便利な半面、怖ろしいですね。
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