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登城日 2回目 2010年 8月 5日(木)晴 難易度 ☆☆ 場所 長崎県島原市城内 日本城郭協会発行のスタンプ帳をコンプリートするために、再び100名城スタートの地へ行ってきました。 熊本城近くにある交通センターからバスで約1時間。 熊本港から島原港行きの高速船「オーシャンアロー」に乗りました。 (前回とは全く逆の行程です。) 船内ではテレビを見ながらくつろげます。 約30分で島原港へ入港。 島原から熊本まで通勤通学圏内ですね。 (天候次第ですが。) 島鉄バスで市内へ。 「大手」バス停で下車。 交番櫓。 大手門跡の石碑と石垣。 懐かしい。 本丸が見えてきました。 改めて、大きくて立派だなぁ〜と感じました。 島原図書館脇を西に進む。 ここは、家老松平勘解由邸跡。 本丸南西隅。 石垣と堀が立派過ぎるなぁ〜 説明板。 【島原城由来】 この地は森岳といい、有馬晴信が本陣を構えて佐賀・龍造寺隆信軍を撃破したところです。 この瑞祥の地に、五条(奈良県)から入封した松倉重政が島原城を築きました。 元和4年(1618)着工、4〜7年の歳月を経て完成。 同時に島原城下町も整備したといいます。 破風を持たない層塔型総塗込の五層の天守閣を据える本丸。 北へ二の丸と三の丸を配して、要所を三層櫓で固め、外郭は4キロにわたり矢狭間をもつ練塀で取囲みました。 四万石の大名には過分な城です。 ここに有馬氏時代からの海外貿易の利益と、松倉氏の新興大名としての意気込みが見られます。 以来、松倉氏・高力氏・松平氏・戸田氏・再び松平氏と四氏19代の居城として輝きました。 その間、寛永14年(1637)島原の乱では、一揆軍の猛攻をしのぎ、寛政4年(1792)島原大変事には、打ち続く地震と足下を洗う大津波にも耐えてきました。 明治維新で廃城になり、払下げ・解体されましたが、島原市民の夢である御城復元への取組みが長年続きました。 昭和39年(1964)天守閣が復元するなど、次第に昔の面影を取戻しつつあります。 ありし日の島原城。 丑寅の櫓。 往時の姿を取戻しつつある。 天守閣でスタンプGet。 今度こそ、
おだやかな雲仙普賢岳が祝福してくれているようでした。 後は、日本城郭協会にスタンプ帳を送るだけです。 いつ送ろうかな? (あとがき) 日本100名城スタンプラリーを振り返って… 1.行くのが大変だった城 … 根室半島チャシ跡群、松前城、平戸城、飫肥城、今帰仁城 2.行くのが億劫だった城 … 多賀城、二本松城、金山城、七尾城、鬼ノ城、吉野ヶ里 3.行くのが怖かった城 … 八王子城、高取城 4.行って怖かった城 … 竹田城、七尾城、備中松山城、大野城 5.行ってガッカリした城 … 根室半島チャシ跡群、平戸城 6.時間のかかった城 … 江戸城、姫路城、松山城、熊本城 7.お金のかかった城 … 根室半島チャシ跡群、姫路城、首里城、中城城、今帰仁城 8.やっぱり良かった城 … 安土城、竹田城、津山城、名護屋城 9.再評価した城 … 白河小峰城、名古屋城、姫路城 10.100名城? … 根城、久保田城、水戸城、高岡城、掛川城 11.100名城?? … 根室半島チャシ跡群、多賀城、吉野ヶ里 12. また行きたい城 … 白河小峰城、安土城、竹田城、萩城、名護屋城、熊本城 (おまけ) 急にお腹が空いてきました。
前回食べなかった具雑煮を食べに、元祖具雑煮姫松屋へ。 島原の乱の原城籠城軍が、農民達に餅を兵糧として貯えさせいろいろな材料を集めて雑煮を炊いたのが起源とされる。 すごくおいしい。 特に出汁がおいしかったです。 |
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2010年09月25日
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