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場所 京都市中京区木屋町通四条上ル下樵木町 本間精一郎は、越後出身の勤皇志士です。 過激な志士として知られたが、軽率な性格からか同志に疎まれ、文久2年閏8月20日(1862年10月13日)この地で殺害された。 詳しい地図で見る 土佐藩邸跡の目の前です。 民家の玄関脇に石碑が建っています。 昭和43年11月に京都市によって建てられました。 先斗町で、薩摩藩・土佐藩の同志に大量の酒を飲まされ、その帰り道に襲われ、ここの南側の瓢箪露路を木屋町へ逃げようとしたが、はさみ討ちにされ、殺害されたという。 その瓢箪露路が、大きな民家の駐車場脇の入り口のところ。 実行犯は土佐藩士岡田以蔵という。 狭い所で刃を振り回したのですね。 刀傷が残っています。 石碑が無ければ全く知らなかった人ですが、明治になって新政府から従五位の官位が贈られている。 同志によって殺されてしまったのは残念ですが、少なからず明治維新に貢献した人なんですね。 |
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2010年03月28日
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