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所在地 京都府綾部市安国寺町寺ノ段1
山号 景徳山
宗派 臨済宗東福寺派
本尊 釈迦三尊坐像
創建 正暦4年(993)
開基 不詳
最寄駅はJR舞鶴線梅迫駅ですが、JR山陰本線綾部駅から「あやバス」というバスが出ています。
京都発12:07発の快速に乗ると、綾部駅に13:51に到着。
14:17発黒谷和紙会館前行きに乗る。
バスは日に4本なので要注意。
時間がある時は、駅前の観光案内所で情報収集。
約15分乗って「安国寺前」下車。
掠れて見難くなった境内案内図。
参道脇の産湯の井戸。
説明板。
【産湯の井戸】
この地域はもと上杉庄とよばれ建長4年(1252)から上杉氏の所領となり、荘内に居館を構えていました。
上杉頼重の娘清子は足利貞氏に嫁ぎ、出産のため故郷の丹波に帰り安国寺の門前の別邸に住んで、当寺の地蔵菩薩に安産を祈願し、嘉元3年(1305)に尊氏を生んだと伝えています。
この井戸は、その産湯として使用されたという言い伝えが残っています。
この別邸は、のちに安国寺へ寄進され常光寺という門外塔頭となっていましたが、大正初年廃寺となり現在は地元の公会堂になっています。
綾部市教育委員会
近づいてみる。
「足利尊氏誕生之地」の碑。
ここが足利尊氏生誕の地と云う。
安国寺へ。
山門。
説明板。
境内の様子。
安国寺説明板。
安国寺は、足利尊氏・直義兄弟が、臨済宗の夢窓疎石の勧めにより、後醍醐天皇以下の戦没者の菩提を弔うため、聖武天皇が国ごとに国分寺を建立したように、国ごとに建立を推進したもの。
【景徳山 安国寺 臨済宗東福寺派】
安国寺は、正暦4年(993)ごろ地蔵菩薩を本尊として開創されたと伝えられ、もとは光福寺と称した。
建武4年(1252)勧修寺重房が上杉荘を賜り、これより「上杉」を姓とすることとなった。
その後、光福寺は上杉氏菩提寺となり、釈迦三尊を合わせ祀った。
嘉元3年(1305)足利尊氏の生誕によって当寺は、上杉氏・足利氏の尊崇を受けるようになった。
暦応元年(1338)足利尊氏は夢想疎石の勧めによって、元弘の戦乱以降に亡くなった多くの戦没者の霊を慰めるため、国ごとに安国寺利生塔を建立するにあたり、光福寺を丹波の安国寺となし、諸国安国寺の筆頭において、安国光福寺としたものである。
康永元年(1345)尊氏は、南禅寺に住した天庵妙受禅師を招請して、安国寺の始祖とし、多くの寺領を寄進した。
それ以降、塔頭十六、支院二十八を有する大寺院であったが、江戸中期に至るまでの間に大半の寺領は押領されて、塔頭、支院は減少したが、今なお多くの重要文化財、府市指定文化財、重宝等も蔵する名刹である。
平成12年10月 綾部の文化財を守る会・安国寺
正面に仏殿。
仏殿内部に本尊釈迦三尊坐像等国の重要文化財がある。
説明板。
鐘楼。
開山堂へ。
開山堂。
その奥に宝篋印塔3基。
左から、上杉清子(生母)、足利尊氏、赤橋登子(妻)
説明板。
時間が無くなったので、御朱印も貰わずに急いで帰る。
最寄駅のJR舞鶴線梅迫駅。
駅から南へ約1km。
徒歩で約15分だった。
何とか電車に間に合った。
1時間に一本しかないので、この電車に乗らないと1時間待ちぼうけ。
北へ2km行くと上杉氏の本貫地(ふるさと)である上杉庄がある。
時間があれば行ってみたかったが…
交通が不便すぎる。
(車だと近くに丹波綾部道路の綾部安国寺ICがあるので便利)
(おまけ)
お土産「うぶゆの井」
家紋「丸に二つ引両」がデザイン。
味は普通だった。
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