|
所在地 兵庫県西宮市甲山町25-1 山号 甲山 宗派 真言宗御室派 本尊 如意輪観音 創建 天長4年(827)頃 開基 如意尼または正子内親王 享禄4年(1531)6月2日、中嶋の戦いにおいて、細川高国・浦上村宗の援軍要請を受けた播磨守護赤松政祐(のちの晴政)は六湛寺に着陣。
六湛寺は暦応年間(1338〜1341)に虎関師錬を開基として建立された臨済宗東福寺派の寺で、最盛期には5つの塔頭を数えるなど栄えていたが、戦国の騒乱に巻き込まれ江戸時代には衰微し、塔頭の茂松庵(現存)と如意庵(北名次町へ移転)だけが残った。 六湛寺跡には現在西宮市役所が建っています。 その後、同市内にある神呪寺へ陣変え。 同日晩、高国と村宗から直々に着陣の挨拶を受ける。 神呪寺へは、阪神西宮駅から阪神バスに乗って甲山大師バス停下車。
仁王門から。 仁王門。 説明板。 当初の山号「武庫山」と書かれている。 広目天。 増長天。 仁王門から境内を見る。 モアイ像のような石仏。 境内は甲山を背にしている。 火の玉? 仁王門を振り返る。 境内を貫くバス通りを注意して渡って階段へ。 甲山周辺案内板。 階段の西側に「花塚」、「盲杖塚」、「烏鳥塚」などが建ち並ぶ。 盲杖塚説明板。 東側へ。 階段の東側に「傷痍軍人の碑」など。 我が国で初めての「俳人塚」。 北側にお地蔵様が立ち並ぶ。 階段を登る。 淳和天皇勅願所の碑。 神呪寺は、淳和天皇第四后・如意尼が開いたと云う。 中腹に子育地蔵尊。 本堂到着。 振り返る。 手水舎。 西側へ。 一段下に庭。 寺務所脇の石の裏に入り口。 奥にも建物がありました。 戻って大師堂。 今度は東へ。 本堂前に淳和天皇聖跡の碑。 巾着型の賽銭箱。 本尊は如意輪融通観世音菩薩。 国の重要文化財だそうです。 他の文化財。 本堂前の鐘楼堂。 本堂東隣りの不動堂と惠光堂。 甲山入り口。 当山開基由来。 多宝塔。 稲荷社。 稲荷社の先に甲山登山口。 案内板。 多宝塔を横から。 如意閣へ。 如意閣。 見下ろす。 中世の神呪寺は仏性原(今の関西学院大学付近)にあった。 現在の神呪寺が建つ場所は奥の院だったそうです。 ということは、赤松政祐が陣を構えたのはもっと下だった。 (ここまで登って来たのに 中嶋の戦いの舞台だった大阪の街を見る。 虹が見えた。 最後に御朱印。 家業繁栄・商売繁盛のご利益がある神呪寺でした。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2013年02月17日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





