三日月の館

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東門。
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東門から境内へ。
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社殿を北東から見る。
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境内東側。
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本殿東側に社務所。
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社務所の南側に神楽殿。
左側に住吉社、右側に神明社。
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反対側に昇殿入り口。
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境内の東南、神楽殿の南側に絵馬殿。
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当神社は黒田官兵衛とも関係あるとか。
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【松原八幡神社絵馬殿由来】

天正の始め姫路の羽柴秀吉と三木の別所長治の合戦の際、約3千人の勢力を持つ当神社は双方より援軍を依頼されましたが、旧来の縁で三木に味方せんとする者、また姫路に味方せんとする者半交し、衆議は幾度なされても決せず、ついにある者は姫路に走り、ある者は三木を援したと伝えられています。
三木城側はこの態度を怒り、当神社に火を放ち七堂伽藍46坊ことごとく灰塵としてしまいました。
秀吉は天下平定の後、その際の態度を怒り、当社を城南の芝原という地に移すように命じました。
その際に松原は由緒ある地として秀吉に当社存続を懇願したのが黒田孝高と言われており、古来、千石千貫といわれた講田・社領は60石に減じられてしまいましたが、神社はなんとか存続したのであります。
その後、天正12年(1584)松原八幡宮社僧霊山坊快祐が八正寺六坊を含め社領を再建いたしました。
司馬遼太郎の「播磨灘物語」の小説に登場する秀吉の軍師黒田官兵衛孝高は、中世播磨の豪族赤松円心の崇敬した播磨の古社である広峰神社と松原八幡宮に敬神の念厚く、秀吉に特に懇願して60石を残し、当社をこの地に存続せしめたのであり、当神社にとっては大変な恩人であります。
天正12年松原神社が復興の際、黒田官兵衛孝高が拝殿を寄進したと伝えられています。
松原八幡神社の元の絵馬堂は江戸時代元禄8年(1695)に大改築された縦9間1尺・横5間2尺、羽風造り松材・瓦葺で、現在の拝殿の以前に使っていた拝殿であります。
嘉永3年(1858)に大修復以後、大正13年現在の土間拝殿を新築したため移築して絵馬堂として使用して参りましたが、次第に老朽化し、昭和56年8月に解体を致しました。
旧拝殿棟札に黒田孝高寄進と記載されていたと言われており、桃山時代の建築様式の名残ある建物であったとされています。
現在掲額されている松原八幡神社秋季大祭図絵(縦幅1.45 横幅6.00 松原村住人宮大工岡本勘左衛門重近・倅 勘治良 嘉永4年6月 奉納)の大絵馬は嘉永3年8月に拝殿が大修復され、その修復の竣工を記念してその修復に携わった宮大工棟梁の父子がこの大額を拝殿正向に奉額したものと思われます。

平成6年2月11日

絵馬殿内部。
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絵馬殿内にある表楼門の鯱瓦。
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社殿を南東から見る。
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境内を一周しました。
境内を出る。
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かつては境内の南側に白浜と粟生の松原が広がっていた。
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今は海岸線は後退。
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僅かばかりの松。
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「粟生の松原 恋の濱」の碑。
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説明板。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/e7/31/kanezane/folder/1510034/img_1510034_61661873_16?1370083794_
境内西の白浜小学校前にも「粟生の松原」の碑がある。
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社前のスタンド。
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鳥居横にも。
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楼門脇には放送席。
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これらは秋に行われる灘のけんか祭りの観覧席。
こんなものが境内周辺にある神社は見たことがありません。
祭りの盛大さが偲ばれます。
松原八幡神社を後にして西へ向かう。
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白浜町内にあった小さな祠。
玉垣に吉田源蔵と書いてある。
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吉田源蔵なる人物は松原八幡神社に何か貢献したらしく、境内東側に頌徳碑が建っている。
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境外末社かな。
屋台蔵横の釈迦堂。
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「八幡宮」の扁額が掛かる。
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松原の廻国塔。
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国道250号線を横断して、
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御旅山へ。
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段々畑や墓地ではありません。
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上から見る。
すべて灘のけんか祭りの観覧席。
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東を見る。
小学校奥の森が松原八幡神社。
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登った所に御旅所。
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毎年10月15日に屋台が登って来て社前に置かれるようだ。
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御旅所。
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何か説明が書いてあるが難しくて読めなかった。
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御旅山から見た妻鹿城
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妻鹿の町へ向かう。
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御旅山を貫通する山電を通過。
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妻鹿城下に元宮八幡神社が鎮座。
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この神社は御旅所の元宮だそうです。
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さて、やはりここまで見ると毎年10月14日と15日に行われる灘のけんか祭りが見たくなります。
と、言うことで10月14日が日曜日だったので宵宮に行って来ました。
いつもより賑やかな社殿。
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楼門前は観客席まで人がビッシリ。
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この飾りのついた棒は「シデ棒」と言うそうです。
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屋台がやって来ました。
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ぶつかる〰
シデ棒が邪魔で良く見えない。
(それよりも人混みで差し出したカメラは撮れても、直には見難かった。)
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駅標と同じ構図で。
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屋台が楼門を潜って境内に入って来ました。
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屋台の上で獅子舞。
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どういう祭りか解らなかったので、ただ見惚れていたら…
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うぁっ、危な〰い!
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熱気溢れる祭りでした。
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灘のけんか祭りは、15世紀中頃に播磨の守護大名赤松政則が松原八幡神社に田地と米二百俵を寄進した際に喜んだ氏子たちが自主的にその米俵をかついで御旅山に上ったのが始まりと云われる。
15日の本宮は屋台が御旅山に登ったり、神輿のぶつけ合いがあったりと一番の盛り上がりですが…
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月曜日なので行けず
最後に御朱印。
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けんか祭りが有名な松原八幡神社でした。

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