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(もどる) 八木石城本丸裏から下って行く。
土橋のような尾根を進む。 登って行く。 約5分で八木土城12郭へ到着。 (曲輪の番号はパンフレットに準ずる。) 八木土城縄張図。 (「ひょうごの城紀行上巻」より) 11郭の消し残し土塁。 南側の13郭を見下ろす。 10郭へ。 10郭。 9郭。 西側の郭一段下に進入路。 8郭へ。 8郭。 7郭。 井戸跡かな。 6郭。 枡形虎口へ。 枡形虎口から入ると5郭。 5郭の北側に主郭。 主郭。 主郭東側下に3郭。 主郭北側下に2郭。 さらに下に4郭。 2郭は主郭西側を取り巻くように5郭まで繋がっている。 4郭の北側は堀切。 4郭から主郭を見る。 主郭から5郭を見下ろす。 戻る。 枡形虎口から6郭へ。 6郭。 7郭。 8郭。 9郭。 10郭。 11郭。 八木石城へ戻る。 堀切を登る。 八木石城到着! 本丸南西面高石垣に近づく。 石垣に咲く小さな花。 反対側から見る。 本丸から見下した高石垣の下付近。 数段の石塁で補強。 本丸櫓台下へ進む。 本丸櫓台から見下ろす。 曲輪が段々に連なる。 行ってみる。 本丸枡形虎口と櫓台石垣を見上げる。 下の曲輪。 本丸方向を振り返る。 さらに下に曲輪。 三角形の曲輪。 本丸方向を振り返る。 さらに下にも曲輪。 下りたら登れなくなりそうだったのでここで断念。 本丸へ戻ろうかと思いましたが、こちらも登るのが大変。 フルガヤ谷に沿って連絡郭を東へ。 フルガヤ谷から樽見の大桜へ行く道が見下ろせた。 フルガヤ谷は、朝倉高清が八木土城の閉伊軍を攻めた時、両軍の矢が降るほどの大きな戦いがあったことに由来すると云う。 連絡郭を振り返る。 秋葉さんから所々に見られる石塁を再確認しつつ、 城下へ。 登城口の柵付近から別所氏の居館があったとされる御里を見下ろす。 登城口の薬師堂。 康平年間(1060前後)に八木を治めていた閉伊氏の傷病平癒の祈願所として建立されたと云う。 東側に殿屋敷。 八木氏の居館があったとされる所。 八木城を見る。 「城下町 八木散策絵地図」を片手に城下町へ。 古市場付近。 城下町に良くあるクランク。 東側。 西側。 西方寺。 応安7年(1374)開基。 八木氏第5代城主重家が、寺詣りが難しい母の為に建立したと云う。 しだれ桜を見上げる。 境内から。 剣大橋。 樽見の大桜へ行く道。 東側に剣橋があったはずですが… 羽柴秀吉と八木氏の争いの時、二手に分かれた羽柴勢のうち琴弾峠からの軍勢が、八木川を渡るこの橋の上で、八木勢と激しく争ったことから命名された。 但馬竹田城ほど有名ではないが、見所満載の但馬八木城でした。 |
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2013年09月29日
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