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(もどる) 目黒川船入場。 かつては東京湾から物資を積んだ船が行き交っていた。 今は貯水池になっている。 足元を見る。 花が咲いているのかと思った。 田楽橋から目黒川船入場を見る。 さらに南下。 桜の花びらのマーブル模様。 中目黒公園。 WCが少ないので、公園があると助かりますね。 田楽橋から見る。 目黒川護岸に咲く桜。 少し臭い… 大分散ってるなぁ。 中里橋が見えてきた。 中里橋のぼんぼり。 知ってる! 大投手! この方も。 さらに南下。 同じ場所から平成20年(2008)4月6日に撮影したもの。 晴れた日の方がいいですね。 東側には目黒清掃工場の煙突が聳える。 (平成20年に撮影したもの) レリーフのある田道橋。 田道橋から北を見る。 (平成20年に撮影したもの) 田道橋から少し西へ行くと庚申塔群。 ふれあい橋が見えてきた。 (平成20年に撮影したもの) 広いふれあい橋。 ふれあい橋から北を見る。 南を見る。 南下して目黒新橋。 目黒新橋から北を見る。 (平成20年に撮影したもの) 目黒通り横浜まで〜♪ 目黒新橋から南を見る。 (平成20年に撮影したもの) 斜めの道は都電が走る予定だった幻の廃線跡が柳通りという名の道になったものです。 ヨーロッパの城? ホテルエンペラーという 行人坂を下った所に架かる太鼓橋。 太鼓橋の南は目黒雅叙園。 目黒雅叙園脇の桜は、 しだれ桜。 対岸のビル。 窓に映るマンション雅叙園と桜。 下を見ると遊覧船が通り過ぎていった。 この辺りから品川区。 海抜4.3m。 東急目黒線と交差。 亀の甲橋から南を見る。 ここで引き返しました。 日が、 暮れて行きました。 夜の目黒川。 東急中目黒駅から。 東急東横線に乗って帰りました。 何処の桜もきれいです! (おまけ) 平成22年のクリスマスにライトアップされた目黒川。
東五反田で開催。 毎年冬にやっているみたいです。 本物の方がやはりいいです。 |
さくら
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2013年 3月30日(土)曇 今年は桜前線はあっという間だったなぁ〜
急に加速して通り過ぎて行ってしまったので、対応することが出来なかった。 あわてて行ったのが目黒川。 東急田園都市線池尻大橋駅付近から。 玉川通り(国道246号線)から見た目黒川。 散り始めてる。 急がなきゃ。 案内板で確認して南下開始! 加藤水車跡。 桜が無ければコンクリートの護岸で味気ない目黒川ですが、明治時代までは水車が回るのどかな田園風景が広がっていたそうです。 常盤橋から目黒川を振り返る。 急いで進もう! と、思ったのですが何デスカ? イベントをやっていたので、手招きに誘われて中へ。 大橋ジャンクションに出来た目黒空中庭園でした。 まちびらきフェスタ中ですが… エレベータが故障。 已む無く階段を歩いて登る。 ビルの上に庭園。 大橋ジャンクション概要図。 ローマのコロッセオに匹敵する大きさだそうです。 木々が成長しておおはし里の杜が出来上がります。 目黒川を再び南下。 氷川橋から見る。 山手通りと交錯。 迂回して目黒橋から再び南下。 周囲はソメイヨシノですが、この木はオオシマザクラでした。 中の橋。 この辺りから人が多くなってきました。 水面に映る桜。 花びらが流れていきます。 南部橋の近くに建つ桜植樹記念碑。 昭和初期の護岸改修時に桜が植樹されたと書いてありました。 また、目黒橋から柳橋までの桜は、以前からあったものを改修後に植え直したとも。 この辺りのソメイヨシノは古木なんですね。 対岸のドンキホーテ。 通路に桟敷席が出来ていました。 予約席だそうです。 千歳橋から中目黒駅付近までは露店もあって賑やかです。 タモリの… 長崎カステラ「福砂屋」がこんな所に。 天神橋から見る。 中目黒なのでオシャレな店があちこちに。 オシャレな店の間に出来た屋台村。 こちらはテレビのですね。 朝日橋から。 目黒川に鴨がいたとは。 シャンパングラスを片手に花見。 中目黒は違いますね。 中目黒駅が見えてきました。 東急東横線中目黒駅から。 つい、見惚れてしまうのですが、ここで見るのは危ないので止めましょう! 中目黒駅の南側へ。 ナカメアルカスから見る。 宝来橋から北を見る。 駅に焦点を合わしてみる。 桜に焦点を合わしてみる。 カメラで遊んでいると日が暮れるので、再び南下。 ここから船入場付近までは八重桜。 まだ咲いていなかった。 駒沢通りを渡る。 皀樹(さいかち)橋から南を見る。 目黒川船入場からまたソメイヨシノ。 この辺りまで来ると、また人が少なくなる。 (つづく) |
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2012年4月18日(水)晴 JR大垣駅から名阪近鉄バス大野バスセンター行きに乗って行きます。 本数が少ないので注意! 南方バス停下車。 バス停から北へ進む。 喫茶店「二度ザクラ」発見。 近いのかな? 喫茶店のすぐ裏にありました。 バス通りに隣接しています。 ちょこっとしか無い桜並木? これが国の天然記念物「揖斐二度ザクラ」です。 説明板。 国指定天然記念物 【揖斐二度ザクラ】 大正12年3月7日指定 この桜の樹は、赤芽のヤマザクラのようですが、実際には非常に珍しいものです。 一本の樹からたくさん枝を出していますが、枝ごとに花が一重のものと、八重のも(の)とがありさらに八重咲きの中には、二段咲きになる花もあるのが大きな特徴です。 また八重咲きの花にも早咲きと遅咲きがあり早咲きが盛りの頃に、花芯に新しいつぼみを持ち早咲きの花が散る頃に小さめの花が開きます。 ただし春と秋の二度咲くということではありません。 現在の樹は、3代目です。 初代の樹は天保4年(1833)暴風雨によって倒れ、その根元から出た若芽を育てた2代目も昭和9年(1934)に枯れてしまいました。 その後ふたたび根元から生長した幼木を根分けして育てたのが現在の桜です。 種子、株分け、取り木などの方法による増殖は、非常にむずかしいとされています。 大正11年(1922)に三好学博士が学術的に貴重なサクラとして学会に紹介され、翌大正12年(1923)に国の天然記念物として指定されました。 なお、この桜は、二つの古墳の上に植えられたものです。 揖斐郡大野町 一重の桜。
八重の桜。 珍しいなぁ〜 と、思ったら別々の木だった。 もう一つの説明板を見ると、柵の中にある7本の桜のうち4本が揖斐二度ザクラとして指定されている木だそうです。 こんな二段咲きの桜が見れるそうです。 どれどれ? ちょっと中の小さめの花が開いてしまっているがこれかな。 ずーっと上を見上げていたら首が痛くなってしまった。 今日は開花情報では5分咲きということでしたが、大分花びらが散っていました。 もう数日早い方がよかったのかも。 終点で折り返してくるバスがやって来る時間がせまってきたので、揖斐二度ザクラを後にします。 付近には根分けされた揖斐二度ザクラがたくさん植えられていました。 数十年後には揖斐二度ザクラの森が出来ていることでしょう。 その時また来れたらいいな。 |
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2012年4月18日(水)晴 最寄駅はJR岐阜駅。 駅前の桜は満開。 間に合ったかな? 岐阜バスの大洞団地行きのバスに乗って行きます。 車窓からは岐阜城が見えました。 約30分乗って光輪公園口下車。 缶ジュースが50円って! 買わないと。 次のバス停は終点大洞団地。 どんな山奥にあるのかと思いましたが、ちょっとしたベッドタウンでした。 今来た道を戻る。 左折して道なりに進む。 小さな橋を渡る。 欄干に桜の模様。 急にのどかな風景。 橋の先に山門が見えて来ました。 山門。 山門前の碑。 桜のある願成寺は、聖武天皇勅願寺だそうです。 願成寺には文化財がたくさん。 大きなわらじのある山門をくぐる。 参道を進む。 う〰ん、この辺りの桜は盛りを過ぎてるぞ。 山門を振り返る。 境内へ登る。 鐘楼。 鐘楼の横に中将姫誓願桜。 国の天然記念物の碑。 説明板。 国指定天然記念物 【中将姫誓願ザクラ】 昭和4年4月2日指定 中将姫誓願ザクラは、花の色は白で花径は約3.6cm、花弁の数は20弁から30弁でヤマザクラから変化した種類と思われる。 突然変異の珍しいサクラとして国の天然記念物に指定されている。 現在の姿は、幹が朽ち根元から伸びた枝が成長したものである。 樹高は約8.1mで、4月中旬に開花する。 寺伝によると中将姫が願成寺の観音を慕い、大和当麻寺から来て病気や難産を救うため、このサクラを植えたと伝えられる。 また別の説によれば、中将姫が逃げのびて願成寺に到り、長旅による疲れから病に伏し、その平癒を観音に祈願して植えたものという。 平成2年3月 岐阜市教育委員会 もう一つの説明板。 珍しい花びらですね。 幹が朽ち根元から伸びた枝が成長している。 本堂。 當麻寺の中将姫が慕った観音様が安置されているのかな? こころのままに ねがいなるてら 本堂脇には直系二世が植えられています。 スペースシャトルに乗って宇宙を旅した種子から芽吹いた桜。 まだ花が咲いたことがないとのこと。 花が咲くのは来年かな? 楽しみですね〰 こんなにきれいな桜なのに、ほとんど訪れる人がいない中将姫誓願桜でした。 なお、中将姫誓願桜の開花情報は願成寺のブログでチェックする事が出来ます。 (おまけ) |
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(もどる) 子守堂の桜から少し北東へ行った所にあるのが赤坂の薬師桜です。
説明板。 前々回ご紹介した薬師桜とは同時期に植えられたとか。 根元には当地出身の江戸時代の俳人、和田東潮の句碑がある。 最後にもう一度見る。 さらに東へ。 最上川を渡って荒砥の町へ入る。 撮っておけばよかったと後悔。 山形鉄道は最上川を渡ると北へカーブして荒砥駅へと至る。 この駅が山形鉄道フラワー長井線の終着駅。 鉄道はさらに北へ延び、左沢線と繋がる計画だった。 かつては製材の町として栄えたとか。 駅前の道。 狐越街道といい、長谷堂合戦の折、荒砥城の稲荷神社で戦勝祈願した直江兼続がこの道を進軍、途中で道に迷っていると神社の白狐が現れ道案内をしたということから名がついた。 また城めぐの血が騒ぐ。 (これも予定には無かったんだけどなぁ〜) 駅前の丘(八乙女ヶ丘)にある荒砥城へ行ってみる。 登城道。 鉄道開通当時に記念の桜として植えられたものが数本残っている。 川を渡る。 これは堀だな。 堀伝いに回りこむ。 こちらが大手口かな。 登った所にある荒砥地区館。 この辺りは殿町という。 居館があったのだろう。 その裏にあるのが荒砥城本丸。 すぐに登れるので登っちゃう。 腰曲輪。 本丸。 奥に鎮座するのが直江兼続が戦勝祈願したと云う御楯稲荷神社。 本丸の北、一段低い曲輪に八乙女神社が鎮座。 八幡太郎義家がこの丘で弓矢を立て奉り8人の乙女に舞楽を奉納させたと伝わる。 八乙女神社の曲輪から本丸を見る。 参道にはさらにもう一段低い曲輪がある。 ここに八乙女種まき桜がある。
荒砥城主桑島和泉守が庭前に植えたものとも。 参道を覆う八乙女種まき桜。 さらに八乙女種まき桜を覆う安田杉。 おかげで日当たりが悪い。 荒砥城の北には空堀があったと云う。 行ってみる。 参道の階段を下りて行く途中にある蛇井戸の跡。 敵の攻撃を受けた時、空井戸の竜神に祈ると、不思議にも水が湧き溢れ空堀に水が充満して、敵の侵入を防ぐ難攻不落の城になったと云う。 荒砥城を東から見る。 この辺りが空堀跡らしい。 本丸に戻り殿町を見下ろす。 横にある仏像群。 荒砥城の城番衆の一員だった船山勘解由の子孫が建立した供養碑とか。 荒砥城を後にしました。 ここから一気に南下。 借りた自転車を返しに最上川右岸を進む。 国道287号線を進んでいるとまた桜を発見! 時間も無いので一旦は通り過ぎかけたが、何か気になって戻ってしまった。 なかなか立派な桜だなぁ〜。 何と名のつく桜だろう、と幹のそばに立っている説明板を読むと… 「黒藤館跡」 ここも城跡? 伊達晴宗の頃、桑島三郎左衛門という地頭が住んでいたそうです。 土塁と空堀が残っているようですが、もう体力の限界で見に行く気になれませんでした。 さらに南下。 原のしだれ桜へ行こうとしたのですが、道に迷って解からなくなった。 近くまで来ているはずなのですが… 断念しました。 さらに南下。 白鷹町と長井市の境付近にあるのが殿入り桜。
説明板。 米沢藩主上杉斉定が立ち寄ったとの言い伝えから「殿入り桜」と名が付いたと云う。 正面から。 横から。 上から。 周りにの桜も満開できれいでした。 夕日が沈んで行きます。 桜の花びらが流れて行きます。 花びらとともに春ともお別れ。 今年も桜前線を追いかけてたくさんの桜を見ました。 また来年もきれいな花を咲かせますように。 |







