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所在地 京都市右京区御室大内33 山号 大内山 宗派 真言宗御室派 本尊 阿弥陀如来 創建 仁和4年(888) 開基 宇多上皇 【仁和寺】 真言宗御室派の総本山で、平成6年(1994)に世界文化遺産に登録された。 平安時代前期に光孝天皇が創建に着手した後、仁和4年(888)に宇多天皇が完成させ、仁和寺と名付けた。宇多天皇は退位の後、出家して仁和寺内に僧坊を営み、30余年間修行に専念したため、法王が御座する室(僧坊)というところから、「御室」が後に仁和寺周辺の地名となった。 以後、明治維新まで約千年間、皇子皇孫が門跡として法燈を伝えたが、その間、応仁の乱の戦火で全伽藍を消失し、双岡西麓に仮御所を設けた時期もあった。 現在の伽藍は、江戸時代初期に徳川家光の協力を得て再建されたもので、御所の紫宸殿を移した金堂(国宝)をはじめ、御影堂・観音堂・鐘楼・五重塔・経蔵・二王門(いずれも重要文化財)などは当時の建物である。 仁和寺境内は仁和寺御所跡として史跡に指定されている。 西門から成就山の麓にかけて、四国の88か所霊場を縮小した「御室88か所巡りの霊場」があり、中門の左手には、遅咲きの桜として有名な「御室桜」(名勝)が見られる。 京都市 京都駅から市バス26系統に乗り、御室仁和寺バス停下車。 常照皇寺からの帰り、周山からのJRバスも通ります。 境内図。 国の重要文化財。 阿、 吽。 裏にはこんな狛犬が鎮座。 中門への参道。 まずは、西側にある宇多法皇の御所があった辺りに建つ御殿へ。 本坊表門から入る。 この門は国の重要文化財。 ここから有料。 本坊表門脇の松。 金閣寺の陸舟の松にも似てる? 平唐門。 大玄関より中へ。 玄関の様子。 白書院へ進む。 宸殿から見た白書院。 白書院の様子。 壮観… 白書院から見た宸殿。 白書院から宸殿と黒書院への渡り廊下。 黒書院前の庭。 青もみじがきれい。 秋もきれいなんだろう。 黒書院。 奥にあるのが霊明殿。 本尊の木造薬師如来坐像は国宝。 霊明殿の奥の門。 西側に国の重要文化財の茶室、遼廓亭があるが木が繁っていて見えなかった。 霊明殿から見た宸殿。 宸殿の様子。 北庭。 遠くに五重塔が見えた。 池の向こうに見えるのがもう一つの茶室、飛濤亭。 国の重要文化財。 宸殿の杉戸絵。 左近の桜。 右近の橘。 南庭。 勅使門の向こうに二王門が見えた。 御殿を出る。 勅使門。 金堂へ向かう。 濟信塚。 説明板。 ここで東門からの参道と交わる。 東門。 霊宝館。 金剛華菩薩像。 謡曲「経正」と仁和寺の説明板。 中門へ進む。 (つづく) |
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所在地 京都市右京区京北井戸字丸山14-6 山号 大雄名山 宗派 臨済宗天龍寺派 本尊 釈迦如来 創建 貞治元年(1362) 開基 光厳上皇 【常照皇寺】 常照皇寺とは「大雄名山万寿常照皇寺の通称。 以前は、常照寺と略称していた。 当寺は、南北朝時代の北朝初代光厳上皇が1362年(北 貞治元年、南 天正17年)頃開創。 臨済宗京都嵯峨天龍寺派に属する。 一説には天台宗系の成就寺という廃寺を改めたと伝えられている。 皇統譜による第102代後花園天皇が境内裏山万樹林や小塩田260石等を光厳上皇の香華料として献納。 皇家と檀家が力を合わせて護寺に努めてきた。 戦国期の1579(天正7)年、丹波の守、明智光秀の山国全焼戦による寺域全壊の後、江戸期の後水尾天皇の「ひねりこうし」のこぼれ話にあるように、志納などで漸次回復した。 また、幕末・明治期の王政復古もあって、皇室経済は由緒寺院への下賜金を繰り返し、堂宇庭園を拡大したが、第二次世界大戦のあおりにより多くの寺田や寺の資産は亡失。 その後、現在の姿に復元した。 京都市 常照皇寺へは、JR京都駅から周山行きバスに約80分乗り、周山城麓の終点周山で京北ふるさとバスに乗り換えます。 残念ながら京北ふるさとバスは本数が非常に少ないのでうまく接続出来ない事があります。 今回は接続するバスが無かったので周山からはタクシーに乗らざるを得ませんでした。 境内図。 勅額門。 光厳法皇勅額復本。 勅額門の脇にもう一つの門。 香積門。 勅額門から入ると碧譚池が広がる。 勅額門の上にあるもう一つの門、勅使門。 勅使門は開いていないので、稲荷の脇を通って廻りこむ。 鐘楼。 庫裡から中へ。 菊御紋の瓦が格式の高さを感じさせる。 玄関にある手書きのご案内。 玄関から中へ。 書院。 書院の玄関。 そして方丈。 方丈の額。 本尊の釈迦如来立像は、天井近くの鴨居上の仏壇に安置されている。 方丈の様子。 方丈奥の庭。 山の斜面を利用した庭。 春なのに紅葉? もみぢの葉が芽吹いている様子。 方丈と怡雲庵(開山堂)との渡り廊下。 怡雲庵(開山堂)。 中の様子。 さて、方丈へ戻りいよいよ今日の目的である桜へ。 庭へ向かう。 御車返しの桜。 一枝に一重と八重の桜の花が咲く。 後水尾天皇が同寺を訪れたときにあまりの美しさに車を返したことから御車返しの桜と云われるようになったとか。 方丈から見た御車返しの桜。 御車返しの桜と方丈。 以前来た時は、この桜を九重桜と勘違いして満足して帰ってしまった… そして九重桜。 ちょっと盛りが過ぎたのが残念。 この桜は国指定天然記念物。 桜の中から。 かなり大きな桜。 満開で快晴だったらなぁ〜 九重桜の花。 怡雲庵(開山堂)前で咲く左近の桜。 江戸時代に京都御所から株分けしたもの。 左近の桜の花。 左近の桜と九重桜。 境内奥の舎利殿。 帰りのバスの時間が迫って来たので急いで境内を出る。 山門前にきれいな枝垂桜が咲いていたので撮影しようと急ぐ。 おっと、山国御陵へ行くのを忘れた。 山国御陵へは山門から斜めに参道が分岐している。 山国御陵。 光厳天皇の墓。 奥に後花園天皇の墓である後山国陵がある。 帰り道。 なん〜だ、勅額門から碧譚池脇を通ってショートカット出来たんだ。 最後に御朱印。 結局、山国御陵へのロスが響いて、山門前のきれいな枝垂桜を駆け足で見つつも撮影している時間が無かった。 交通が不便過ぎる。 京北ふるさとバスの臨時便の運行も桜の開花時期と微妙にズレがあり、何と前日の金曜日で終了していた。 もっとゆっくり見たかったのに〜 そんな素敵な寺でした。 |
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所在地 京都市北区平野宮本町1 主祭神 今木神(第一殿)・久度神(第二殿)・古開神(第三殿)・比売神(第四殿) 創建 延暦13年(794) 【平野神社】 平安遷都に伴って、奈良の平城京からこの地に移された神社で、祭神として、今木神(いまきのかみ)、久度神(くどのかみ)、古開神(ふるあきのかみ)、比賣神(ひめのかみ)の四柱を祀っている。 平安時代中期には、伊勢、賀茂(上賀茂・下鴨)、石清水、松尾に次ぐ名社に数えられた。 桜の名所として名高く、古くから各公家伝来の桜が奉納されたことから、境内には約50種、約400本の桜が植えられており、『平野の夜桜』として親しまれている。 早咲きの品種は3月中旬、遅咲きの品種は4月20日ごろに咲くといわれ、約1箇月間花見ができる。 歴代の朝廷に大変厚く崇敬され、律令の施行細目を定める『延喜式』で皇太子御視察とされたほか、源氏や平氏をはじめ諸氏の氏神としても崇められた。 本殿(重要文化財)は、寛永年間(1624〜1644)に建築されたもので、春日造の四殿を並べ、二殿ずつが「合の間」で連結されており、「平野造」又は「比翼春日造(ひよくかすがづくり)」と呼ばれている。 南門は、慶安四年(1651)に御所の旧門を下賜されてもので、昭和18年(1943)に現在の大鳥居の位置から移築された。 寛和元年(985)4月10日に花山天皇が桜をお手植えされてことにちなみ、毎年4月10日には桜祭が行われ、多くの人でにぎわう。 京都市 北野天満宮の北門から少し西へ行ったところにあります。 東大鳥居。 碑には官幣大社。 社号額は『平野皇大神』。 格式の高さを示す。 平野神社は、元々奈良の平城京に在った田村後宮という皇后の御殿の中にあったと云う。 延暦13年(794)に平城京から平安京へ都が遷ったのと時を同じくして遷座した唯一の神社とも。 大鳥居を潜ると参道北側に末社稲荷社と猿田彦社がある。 説明板。 手水舎で身を清めて、 東神門から入る。 正面に拝殿。 慶安3年(1650)後水尾天皇中宮 東福門院(徳川秀忠の娘)により建立される。 内部の三十六歌仙は、寛文年間(1661〜1673)に、近衛基煕書、海北友雪画のもの。 拝殿南側の大楠。 根元に日本一大きいすえひろかね。 不思議な磁力を持った石らしい。 詳しくは説明板で。 大楠の周りをぐるぐる回っている人もいました。 本殿でお参り。 国の重要文化財。 本殿北側の末社。 左から、春日社、住吉社、蛭子社、鈿女(うずめ)社。 東隣りに末社八幡社。 境内を出る。 南門。 元は御所にあった門と云う。 西大鳥居。 西大路通に面する。 さて、平野神社と言えば桜。 4月10日には桜祭りが行われる。 春はいろんな品種の桜が咲き誇る。 またまた、 東大鳥居。 参道沿いに桜が咲き誇る。 東大鳥居裏の桜。 末社の周りにも桜。 手水舎と桜。 東神門と桜。 拝殿。 拝殿北側に咲く紅枝垂。 紅枝垂の花。 塀の南に桜がいっぱい。 そして、にぎやかな声が… 行ってみる。 境内南に広がる桜苑。 桜保存協力金を払って入りましょう! うぁっ、熊! と思ったら造り物だった。 趣味悪〜い。 いろんな品種が咲き誇っているので、満開のもあればこれからのもあれば。 桜の博物館です。 桜苑の西側は屋台が建ち並ぶ。 花見で一杯。 ここまで来ると花よりだんご。 そして、夜が更ける。 ますます盛り上がって来ました! 夜の桜苑。 桜苑の枝垂桜。 ほのかなライトアップ。 よって、三日月が良く見えました。 南門の提灯。 最後に御朱印。 桜は4月いっぱい楽しめる平野神社でした。 (おまけ) 日が変わって、4月10日桜祭神幸祭。 花山天皇陵を参詣した後、付近を練り歩く。 平野神社が桜の名所となったのは、花山天皇が参詣した際、数千本の桜を境内に植えたことによると云う。 |
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所在地 奈良市春日野町1-4 主祭神 闘鶏稲置大山主命・大鷦鷯命・額田大仲彦命 創建 和銅3年(710) 当社は、和銅3年(710)の平城遷都にともない、平城京東山の守護神として、また春日野に作られた氷池(製氷用の池)や氷室(氷の貯蔵庫)の守り神として祀られたのが始まりとされています。 奈良時代には、氷室社をはじめ、氷池や氷室は現在の春日大社境内地にあり、厳寒期に氷池で凍らせた氷を氷室に蓄え、春分の日に氷室開きが行われ、9月まで平城宮に献上していました。 平安遷都後の貞観2年(860)に現在の地に遷座され、興福寺の鎮守、南都の地主神、南都楽所の氏神として崇敬されています。 御祭神は、氷室と貯氷の方法を伝承し闘鶏稲置大山主命(つげのいなぎおおやまぬしのみこと)と、その氷室を発見して奏上された額田大仲彦命(ぬかたのおおなかつひこのみこと) 献氷の典例を開かれた仁徳天皇(大鷦鷯命)の三神がお祀りされています。 近鉄奈良駅から東大寺へ行く途中にあります。 何度か奈良に来ているのですが、今まで神社があることに気づきませんでした。 今日は桜がきれいに咲いていたので、ちょっと立ち寄ってみました。 社殿へ向かう参道脇の満開の枝垂桜。 奈良で一番早く咲く樹齢400年の桜という。 隣りの少し小振りな枝垂桜もきれいでした。 2ショット! 四脚門をくぐり舞殿からお参り。 舞殿と奥の本殿。 説明板。 幻想的な雰囲気なんだろうなぁ〜 四脚門から出る。 氷献灯の名残。 見たかった… 狛犬と桜。 枝垂桜をもう一度。 素晴らしい枝垂桜でした。 帰宅後桜の開花情報を見たら、この桜が載っていました。 知らなかったです。 5月1日にも氷献灯が行われるらしい。 詳しくは氷室神社公式HPで。 |




