三日月の館

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どういうわけだろう。
今年は一本の桜と
じっと向き合う春にしたかった。

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CMにつられて桜を見に東寺へ行ってきました。

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所在地  京都市南区九条町1
山号   八幡山
宗派   東寺真言宗
本尊   薬師如来
創建   延暦15年(796)
開基   桓武天皇

京の玄関口に聳える五重塔。
最寄駅は近鉄京都線東寺駅です。
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大宮通に面した慶賀門から境内へ。
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今日は桜を見に来たので宝蔵脇を進み拝観受付へ。
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東寺の一本桜。
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説明板。
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【不二桜】
「八重紅枝垂れ桜」
樹齢120年 目通り1.5m 樹高13m 枝張り7m
平成18年2月現在

この桜は「八重紅枝垂れ桜」とよばれ、エドヒガン系の園芸品種で色の濃い八重咲きの華麗な花を咲かせます。
移植できるサクラでは国内最大級の大きさで開花は4月中旬です。
岩手県盛岡市の旧家で育てられていたのですが、平成6年秋田県を経て、三重県鈴鹿市の農園が譲り受けて大切に育てていました。
平成18年が弘法大師入唐求法の旅より帰朝せられて、1200年の記念の年であることから、東寺信徒総代で某株式会社最高顧問の○○○○氏より寄贈され、この直径15mの円形花壇に移植されたものです。
名前は弘法大師の「不二のおしえ」から「不二桜」と命名されました。
日本一高い五重塔を背景に、百年二百年後も美しい花を咲かせ続けることを祈っています。

真言宗総本山 東寺

ポスターはこの角度かな。
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この向きもいいですね。
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花は小さく紅色です。
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確かに言われて見ると、一本桜をじっと眺める方がいい。
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桜と五重塔。
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素晴らしいです。
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さて、この季節は夜も特別拝観出来ます。
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また、宝蔵。
重要文化財です。
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目もくれず桜と五重塔へ向かう。
夜の不二桜。
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不二桜と五重塔。
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別角度。
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桜と五重塔。
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五重塔の背後の桜並木が白い霧のようにライトアップされて幻想的でした。
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池に映る桜。
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夜の講堂を見る。
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池に映る五重塔。
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名残惜しいなぁ。
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帰りの電車の時間があるので急いで帰りました。
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帰りながら振り向く。
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もう一回。
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慶賀門から出る。
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桜はすぐに散ってしまうので儚いです。
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境内については別の機会(その2)で。

その1から)

偃月橋を渡る。
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偃月の額。
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この偃月橋も国の重要文化財に指定されている。
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龍吟庵へ。
ここも別料金。
表門は国の重要文化財。
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撮影禁止の方丈は国宝。
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南庭「無の庭」
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西庭「龍の庭」
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方丈裏にある龍吟庵の開山堂。
国の重要文化財。
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東庭「不難の庭」
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次に塔頭即宗院へ向かいました。
龍吟庵の東隣りにあります。
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山門を入ると二又。
左へ。
ここからまた別料金。
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説明板。
即宗院は、山号を臥雲山といい、南北朝時代に島津氏久の菩提のため創建。
慶長18年(1613)島津家久によって再興された。
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そして、
ここが、九条兼実の山荘「月輪殿」の跡と云う
現在は、庭園の一部が残るのみ。
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往時が偲ばれる鉤の手(「心」)になった池。
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池のほとりの南天(かな?)。
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建物は普通の民家みたいだった。
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この地で、幕末に西郷隆盛と月照上人(清水寺の勤王僧)が倒幕計画を話し合った。
奥に「薩摩藩士東征戦亡之碑」がある。
行ってみる。
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道端に鉢がたくさん並んでいる。
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何故か道標。
右 西国街道
左 京みち
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井戸。
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この辺りに密議の地、茶室「採薪亭」があったと云う。
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説明板。
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土塀。
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いろんな仏像が並ぶ。
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建碑のいわれ。
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薩摩藩士東征戦亡之碑。
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西郷隆盛自筆ですが、洗足公園の勝海舟夫妻の墓の碑同様、難しくて理解出来ない。
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月輪殿跡の即宗院を後にしました。
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再び偃月橋を渡る。
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最後に、九条兼実の墓がある塔頭最勝金剛院へ。
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紅葉の参道。
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山門。
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この八角堂が九条兼実を祀る霊廟。
非公開。
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奥には九条家の墓所がある。
こちらも非公開。
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せっかく来たのですが、良く解らず虚しく帰りました。
また、よく調べて出直します。
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この他、塔頭がたくさんあったのですが、次の紅葉の名所へ向かうべく急ぎました。
続きは別の機会で。

(おまけ)

帰り道に人だかり発見!
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蒸しどらだった。
京都で有名なんでしょうか?
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餅が入っているのでおいしかった。
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所在地  京都市東山区本町15丁目778番地
山号   慧日山
宗派   臨済宗東福寺派
本尊   釈迦如来
創建   嘉禎2年(1236)
開基   九条道家

九条兼実の墓がある寺です。

詳しい地図で見る

最寄駅はJR・京阪東福寺駅。
九条通を東へ。
東福寺石碑のある道へ左折。
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正面に塔頭退耕庵。
安国寺恵瓊が再興。
豊臣秀吉の死後、石田三成と宇喜多秀家が関ヶ原の戦いの謀議を行った場所とも。
通常非公開。
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訪れたのは晩秋。
もみじがきれいだった。
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同聚院。
東福寺の寺地一帯は、平安時代中期に藤原忠平が法性寺を建立した場所で、寛弘3年(1006)藤原道長が40歳の賀に当たって五大明王を安置する五大堂を境内に造営した。
法性寺は鎌倉時代初期には衰微し、跡地に九条道家が東福寺を建立した。
同聚院には五大明王のうち不動明王坐像が安置されており、国の重要文化財に指定されている。
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東福寺月下門。
亀山天皇が京都御所の月華門を下賜したものと伝わる。
国の重要文化財。
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早朝にやって来たのですが、すでに臥雲橋は人でいっぱいでした。
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そして、これを見に来たのです。
臥雲橋から見た通天橋。
紅葉もピークを少し越えた感じ。
ちょっと遅かったかな。
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日下門へ続く塀。
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季節外れの桜も咲いていました。
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境内の西側にある日下門。
通常はこの門から入る。
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境内南へ廻る。
勅使門。
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六波羅門から入る。
この六波羅門は北条氏の六波羅政庁にあったものを移したと伝えられており、国の重要文化財に指定されている。
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三門。
国宝に指定されている。
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その裏に本堂。
(大き過ぎてきれいに撮れなかった…リベンジします。)
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本堂の瓦。
「東福寺」と書いてあります。
この本堂は昭和9年(1934)に再建されたもの。
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ここから有料。
通天橋へ。
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通天橋は凄い人でした。
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この辺りの紅葉は見事。
だから立ち止まるので混雑していたのでしょう。
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横から。
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庭から。
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通天橋から見た臥雲橋。
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通天橋から見た方丈通天台。
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通天橋を渡った奥にある開山堂。
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水鉢にたまったもみじ。
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足元を見ると…
何だ?
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この方もお地蔵さんでしょうか?
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開山堂は国の重要文化財に指定されている。
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開山堂の西隣は普門院。
こちらも国の重要文化財に指定されている。
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市松の砂紋がとてもきれい。
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開山堂の西にある愛染堂。
南北朝時代に建築。
万寿寺より移築された。
国の重要文化財。
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通天橋を見る。
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洗玉潤を渡って方丈へ向かう。
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庫裡から入る。
また別料金。
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南庭と大方丈。
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砂紋による荒海に蓬莢・方丈・瀛洲(えいじゅう)、壺梁(こうりょう)の四島に見立てた巨石を並べている。
唐門は明治に昭憲皇太后の寄進されたもので、恩賜門と呼ばれる。
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井田市松模様の西庭。
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小市松模様の北庭。
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東庭。
重要文化財の東司の柱石の余石を北斗七星に見立てている。
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これらの庭は昭和14年に重森三玲により作庭され、八相の庭と命名されている。
庫裡の奥にある塔頭龍吟庵へ向かいます。
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その2へ)

所在地  京都市中京区三条大宮西二筋目下ル今在家西町
主祭神  宇迦之御魂大神・佐田彦大神・大宮能売大神
創建    貞観元年(859)

龍馬とお龍を結びつけた榎が聳える神社です。

詳しい地図で見る

堀川通から千本通までの間の三条通にある「三条会商店街
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「買物は三条会やき」
ここも龍馬一色。
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龍馬とお龍の絵の入った武信稲荷神社の看板があちらこちらに。
あと400m。
誘導されるように進む。
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あと100m。
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ここを南へ。
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確かに上にも⇒が。
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誘導されるように南へ下る。
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すると、確かに武信稲荷神社がありました。
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木々の間に稲荷神社らしい細い参道が延びています。
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手水舎で身を清める。
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手水舎脇の白蛇大辨財天。
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奥に起上大明神。
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拝殿。
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拝殿の背後に本殿がある。
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「三条いなり 武信稲荷神社」

武信稲荷神社は、平安時代の初期、清和天皇貞観元年(859)2月、西三条大臣といわれた右大臣左近衛大将 藤原良相(ふじわらのよしすけ)公によって創祀された御社であります。
その後に、藤原武信という方がこの御社を厚く信仰されたことにより、武信稲荷と称されて、創祀以来一千百余年にわたり広く人々に信仰されて今日に及んでいます。
稲荷大神への信仰は、我々日本民族がもつ最も代表的、普遍的な信仰であり、人間の最も大切な生命に対する望願であり祈願であります。
人間を始め万物の生命が生まれ育成するのは、この大自然、大宇宙に人智を越えた神秘な力が存在することによるものであり、その無限の生命力を稲荷大神の御神威、御恵みとして信仰するのが稲荷信仰であります。
武信稲荷大神は、私達の生活の全てを守護される神であり、家内安全・健康長寿・企業繁栄・商売繁盛・所願成就・病気平癒・交通安全等にとくに大きな御加護、御利益を授け賜うのであります。

「勝駒縁起」

武信稲荷神社には古くから(正確な年代は不明ですが豊臣秀吉公が出兵の際持参したという話が伝わっていることからそれ以前より授与されていたものと思われます)「勝駒」「福駒」といわれる駒型の守護札(絵馬)が伝わり、天地に陽気がよみがえって、万物が皆いきいきと生育し、活動しはじめる一年中で最も陽気の盛んな節分、初午、立春にかけて授与されます。
勝駒の「勝」は勝敗の勝であることはもとよりでありますが、ただこれのみにとどまらず、苦難に打ち勝つ、学問技芸に勝る秀れる、子宝に勝る宝はない、健康に勝れる等この文字の意味するところはきわめて広く、私達が強く、たくましく生きぬくために必要な力、生命力を現しています。
また勝駒の朱色(あけの色)は、稲荷大神の御霊のお働きを象徴する生命の色であり、神の御加護によって来る福を現す色であります。
勝駒にはこのような力を授け充実するため、必勝開運、諸願成就、成功発展、試験合格、健康長寿、等の御祈祷が厳修され、御祈願がこめられています。
現在の社会、時代に生きる我々はそれぞれの努力によって幸福と繁栄をもたらし、社会が平和に発展することは、全ての人々の願いであり神の御心であります。
勝駒は武信稲荷大神の御神威、御神徳、御利益を象徴し、福と力を授かる縁起のよい吉祥の守護札であります。

(御朱印付属のパンフレットより)

勝駒。
豊臣秀吉も持っていたとか。
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境内には、末社がいくつかある。
金毘羅宮と天満宮。
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白清大明神と七石大明神と太郎松大明神。
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その東側は、伏見遥拝所。
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これは良く解らないが、能勢妙見山常吉大明神。
これも末社なのかな?
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向かいは宮姫社。
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さて、本殿脇、宮姫社を背にして立つ大きなエノキ。
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説明板。
平重盛が安芸宮島の厳島神社から苗木を移し植えたと云う伝承を持つ。
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この榎が坂本龍馬とおりょうを結びつけたと云う。
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神社の南には江戸時代、幕府直轄の六角獄舎という牢獄があり幕末、勤皇の志士が多数収容されていた。
その中に坂本龍馬の妻おりょうの父が勤皇家の医師であったため捕えられていた。
龍馬とおりょうは共に何度か訪れるが、龍馬自身も狙われる身であり面会はかなわない。
その為この大木の上から様子を探ったという。
その後命を狙われ追われる龍馬は身を隠すこととなる。
おりょうは龍馬の身を案じ過ごしていた。
そんなおり二人で何度も訪れた武信稲荷の榎をふと思い出し訪れた。
するとそこには龍馬独特の字で『龍』の字が彫ってあったという。
自分は今も生きている。
そして京都にいるのだ。
そういう龍馬からの伝言であった。
龍馬が京都にいることを知ったおりょうは二人の共通の知人を訪ね、その後に二人は再び出会えたという。
御神木の榎は850年の生命力から健康長寿の信仰が厚い。
また榎は「縁の木(えんのき)」とも読まれ、御神木の榎に宿る弁財天を祀る末社の「宮姫社」は縁結び、恋愛の神としても知られる。
龍馬とおりょうもそんな縁結びの力を頂いた二人である。

『龍』という字は解らなかった。
龍馬とお龍の二人にしか見えないのかも。
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縁結びの絵馬。
『龍馬の伝言…』
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最後に御朱印。
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裏から後にしました。
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龍馬とおりょうの縁を結んだ神社でした。
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(おまけ)

お龍の父が投獄されていたと云う六角獄舎跡。
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平野国臣殉難の地として碑と説明板が建っています。
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【平野国臣殉難の地】

幕末尊王攘夷派の指導者平野国臣が処刑された所である。
この地はもと「六角獄舎」があったところで安政の大獄以後は多くの政治犯が収容されたので会所ともいった。
国臣は、もと福岡藩士で、尊王攘夷運動に参加して脱藩し、生野の乱に挙兵して捕えられ元治元年(1864)1月17日ここに収容された。
ところが同年7月19日長州藩兵の入京に端を発した禁門の変(蛤御門の変)によって、京都市中の大半が兵火に見舞われ、その翌日火勢が「六角獄舎」に迫るや幕吏は獄中の尊王攘夷派の志士たちを斬った。
この時斬られた一人が国臣である。
この難にあったものは国臣のほか、古高俊太郎、長尾郁三郎、水郡善之祐ら三十数名にのぼった。
なお、当地は、宝暦4年(1754)に医師山脇東洋がわが国で始めて死体解剖を行った所とも言われ、付近に記念碑も建っている。

京都市

碑が建つ。
日本近代医学発祥地でもある。
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日本近代医学発祥地についての説明板。
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引いて見る。
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六角獄舎跡から見た武信稲荷神社。
龍馬があの榎に登って覗いていたのでしょう。
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武信稲荷神社のすぐ南にあった六角獄舎跡でした。

所在地  京都市東山区泉湧寺山内町28
山号   光明山
宗派   真言宗
本尊   阿弥陀如来
創建   寛治元年(1087)
開基   橘俊綱

先日ご紹介した戒光寺本堂と墓地の間に何故か即成院という泉湧寺の塔頭が挟まっています。

詳しい地図で見る
泉湧寺の大きな総門の脇に山門があります。
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説明板。
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【即成院】

山号を光明山とする真言宗泉湧寺派の寺である。
寺伝によれば、正暦3年(992)、恵心僧都(源信)により伏見(宇治川北岸)に建立された光明院を起源とする。
寛治年間(1087〜1094)に橘俊綱(藤原頼通の子)が山荘を造営するにあたり、光明院を持仏堂として傍らに移設し、後に山荘を寺院と改めてからは伏見寺または即成就院と呼ばれていた。
宇治川を挟んで向かい側には父、藤原頼通の宇治殿改め平等院が建っており、父子相呼応するような寺院建立の経緯である。
文禄3年(1594)、豊臣秀吉の伏見築城のため、深草大亀谷に移転し、さらに明治時代に至って泉湧寺山内に再興され、即成院と呼ばれるようになった。
本堂には、仏像群としての形式は極めて珍しい阿弥陀如来像並びに二十五菩薩像(重要文化財)が安置され、境内には平安時代の武将であり、弓の名手であった那須与一の墓と伝えられる石造宝塔がある。
寺伝によれば、与一は出陣する途中、病に罹ったが当院に参籠し、本尊阿弥陀如来の霊験で平癒し、屋島の戦い(源平の戦い)で戦功をたてたので、仏徳に感じて出家し当院に庵をむすび、一生を終えたと伝えられている。

京都市

山門を入ったところにある地蔵堂。
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向かい側にある手水舎。
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与一の手洗い所と云う。
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本堂。
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重要文化財の木造阿弥陀如来及び二十五菩薩像が安置されている。
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そして、本堂の裏手に那須与一の墓所があります。
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那須与一の墓と伝えられる石造宝塔。
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石造宝塔を拡大。
寺の移転とともに移ってきたとか…
重たかったことでしょう。
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以前、黒羽城を訪ねた時に、那須与一ゆかりの地を知りましたが、墓所は京都にあったとは知りませんでした。
最後に御朱印。
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このお寺も、今は泉湧寺の塔頭の一つに過ぎない寺ですが、勿体ない程の歴史を持ったお寺でした。


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