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登城日 1回目 2000年 9月15日(金)晴 2回目 2008年 8月31日(日)晴 難易度 ☆☆ 場所 福井県福井市城戸ノ内町 一乗谷はJR福井駅から東へ越美北線に乗って約20分です。 本数が少ないので要注意! 最寄駅の一乗谷駅。 バスでも行けます。 バスは一乗谷朝倉氏遺跡前まで行きます。 帰りに知ったのですが、駅には無料レンタル自転車がありました。 これは便利! 駅の近くには福井県立一乗谷朝倉氏資料館があります。 遺跡から離れたところにあります。 勘違いには要注意! 中には少し資料があります。 地図。 駅から一乗谷まで離れています。 歩いたら遠かったです。 2004年7月18日の集中豪雨で橋が流出し、越美北線は不通となった。 廃線の危機に立たされたが、2007年6月30日に復旧。 橋は立派なトラス橋になった。 下城戸。 一乗谷への入口。 説明板。 朝倉景鏡館跡。 朝倉氏最後の当主義景の従兄であり、義景を裏切り自害に追い込んだ。 瓜割清水。 水が枯れたことが無いという。 その上にある南陽寺跡。 僅かに庭園が残っている。 南陽寺跡から見た朝倉氏館。 朝倉氏館。 唐門。 豊臣秀吉が朝倉義景の善提を弔うために寄進したものと伝えられ、門内の上部には朝倉家の「三ツ木瓜」の紋と豊臣家の「五三の桐」が刻まれています。 朝倉義景の墓。 朝倉氏館全景。 朝倉氏館の上に位置する湯殿跡庭園。 石が林立する。 中の御殿跡。 諏訪館跡庭園。 ここだけは実際に水が流れ庭園らしい。 この上を登って行くと山城へ行ける。 山城の季節では無いので断念した。 途中には英林塚がある。 朝倉氏7代孝景の墓。 越前をほぼ平定し、朝倉氏越前支配の礎を築いた。 復元町並みへ。 訪問時間には注意。 スタンプは反対側の入口にあります。 土塀が連なります。 かつての様子。 山城への大手道。 武家屋敷の跡。 いまさらながら朝倉氏遺跡案内図。 上城戸。 説明板。 一乗谷は下城戸と上城戸で仕切られていました。 最後にスタンプ。 100名城の中でもちょっと系統が違う。 居館を含めた町全体が城内にある。 朝倉氏の夢の跡が垣間見えます。 |
日本100名城スタンプラリー
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登城日 1回目 2000年 9月15日(金)晴 2回目 2008年 8月31日(日)晴 難易度 ☆ 場所 福井県坂井市丸岡町霞町1-59 現存天守で最古と言われる丸岡城は、1576年に柴田勝家の甥である柴田勝豊により築城された。 以後城主は、安井家清、青山氏2代、今村盛次、本多氏4代、有馬氏8代と続き、明治維新を迎えている。 丸岡城へは、JR福井駅前からバスで30分くらいです。 小山に天守がちょこんと建っている。 昔の丸岡城。 城域は次第に市街化し、堀は埋め立てられ、現在は天守閣を残すのみとなっている。 模型で。 天守閣周辺は公園となっています。 今立っているところは、かつては内堀だったのでは。 本丸下の曲輪。 特に何もありません。 料金所。 ここにはスタンプはありません。 本丸。 天守に近づく。 古さを感じます。 一筆啓上の碑。 本多作左衛門重次が陣中から妻にあてて送った手紙、 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」 が書かれています。 丸岡町は、一筆啓上で有名になったとか。 人柱お静。 現在では馬鹿馬鹿しく思える話だが、当時ではどこの城でもある悲しい物語。 かわいそうに。 天守下に保存されている鯱。 説明板。 石製では重かったことでしょう。 中に入ります。 重要文化財なのに、監視員がいません。 大丈夫ですか? 一階の様子。 どこの城も日本各地の城の写真が飾ってあります。 何ででしょう? 2階の様子。 松本城同様、階段が急で怖い。 三階。 天井。 石瓦。 福井市街方面を見る。 白山方面を見る。 のどかですね。 天守を去る。 さよなら丸岡城。 麓には歴史民俗資料館があります。 丸岡城のことが少し解ります。 一筆啓上茶屋。 ここでスタンプGet。 営業時間。 結構遅くまでやってますね。 ちなみに、丸岡城は年中無休なるも、17時で閉まってしまいます。 スタンプはこんなところに。 一筆啓上茶屋で一休み。 福井県人セットを食べました。 越前そばはおろしそばが特徴です。 うまい! おかわりしたかったです。 ソースかつ丼もうまい! ヨーロッパ軒のよりもうまいと思いました。 満足です。 最後にスタンプ。 天守だけなので、100名城としては物足りない気がします。 内堀の復元計画があるとか。 期待したいです。 |
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本丸へ。 門の礎石。 具足櫓への虎口。 上から。 本丸。 本丸からの眺め。 吉野口側を見下ろす。 本丸説明板。 大天守台。 小天守台方面を見る。(前回のもの) 天守台前の井戸。 再び大天守台。中は穴蔵構造になっています。 本丸よさらば! 二の丸を過ぎ、大手門跡の先を左に。 壺坂口へ向かう。 火の見櫓の虎口。 壺坂口中門跡。 壺坂口門跡。 逆から。 壺坂口門跡の下には屋敷跡の石垣群が段々に連なる。 テレビ塔の先には五百羅漢が。 壺坂寺。(前回のもの) 有名なお寺らしいが、足が向かず。 ここまでバスが走っています。 最後にスタンプ。 夏の写真と冬の写真が入り混じって見にくかったことと思います。 夏は草茫々で、やっぱりオフシーズンですね。 ここへは、バスの走っている期間中の晩秋がベストでしょう。 |
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宇陀門跡。 城代屋敷の石垣。(前回のもの) 千早門跡。(前回のもの) 大手門へ。(前回のもの) 途中、右へ曲れば壺坂口へ。 左へ曲れば喰違門から吉野口門へ。 案内図。 ハイキングコースの案内図。 これ以上、歩けません。 大手門跡。 大手門桝形虎口を進む。 さらに進む。 振り返る。 二の丸が見えてきました。 二の丸北面石垣。 十三間多聞櫓跡。 振り返る。 二の丸へ。(前回のもの) 二の丸御殿跡。 新櫓と太鼓櫓台。 高取城沿革。 本丸へ進みます。 十五間多聞跡。 本丸から見た、太鼓櫓台と新櫓台。(前回のもの) 太鼓櫓跡から見た十三間多聞櫓跡への虎口。(前回のもの) 新櫓跡から見た七つ井戸へ下りて行く道。 下の門跡。 七つ井戸。(前回のもの) 良く解りません。 この先は駐車場です。 車で来た人はここまでワープ出来ます。 下の門へ戻る。(前回のもの) 高取城址碑と本丸天守台。 夏は草茫々であかんなぁ〜。 「巽高取雪かと見れば、雪でござらぬ土佐の城」 大和平野からは山の上の白亜の城がまるで雪を被っているように見えたそうです。 見たいなぁ〜。 上の門を進む。 左には十方櫓台と埋門。 十方櫓台石垣。 熊本城の二面石垣みたいです。 本丸石垣。 いよいよ本丸です。 (つづく) |





