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登城日 2009年11月22日(日)曇のち雨 難易度 ☆☆ 場所 愛知県岡崎市奥殿町字雑谷下10番地 大給松平氏1万6千石の居城です。 最後の藩主松平乗謨が龍岡城へ居城を移した。 奥殿陣屋へは、名鉄東岡崎駅から30分に一本くらいの割合でバスが出ています。 終点下車。 詳しい地図で見る 【奥殿陣屋の概要】 徳川秀忠に仕え、大坂の陣の戦功により3千石を与えられた松平真次が、大給(豊田市)に陣屋を構えたことから奥殿松平家は始まる。 第2代乗次のとき1万6千石の大名となり、宝永4年(1707)に奥殿に陣屋が完成したため第4代乗真が移った。 以後、文久3年(1863)に田野口に移転するまで奥殿藩の中心となった。 最後の藩主乗謨(後に大給恒 1839年〜1910年)は博愛社(日本赤十字社の前身)の設立に尽力した人物として知られる。 当時は御殿・役所・書院・学問所・厩・馬場などがあったが、廃藩置県後にそれらは移築や取り壊しが行われ、陣屋の跡地はほぼ田畑となってしまった。 しかし昭和59年(1984)に、近辺(岡崎市桑原町)にある曹洞宗の寺院・竜渓院の庫裏になっていた書院が移築復元された。 現在は「村積山自然公園」の一部として整備され、書院や日本庭園、食事施設、観光農園などを持つ観光施設となっている。 そのほか裏に歴代藩主の墓所や土塁も残されている。 またここで、NHKの連続テレビ小説『純情きらり』のロケも行われた。 (wikipediaより)本日の目的地であったのですが、仁木や細川周辺をウロウロしていたらすっかり遅くなってしまいました。 「ジンヤ」と書いてありました。 解りやすい いざ陣屋へ。 陣屋の案内図。 入ろうと思ったら閉館時間だった。 え〜、ここまで来たのに… ちょっとだけ覗く。 これは往時のものを移築復元したもの。 奥殿陣屋要図。 絵図。 陣屋の中を急いで歩く。 残っているのは一部のみ。 明徳館(学問所)跡。 書院前の池。 公園として整備したときに造られたものだろう。 表御殿跡。 書院はすっかり閉まってしまった。 書院を上から見る。 見晴らし台にある東屋。 見晴らし台から書院を見る。 香嵐渓の紅葉とは違い、庭園の紅葉は一本ずつが見栄えする。 京都の紅葉が見たくなった。 辺りは急速に暗くなっていく。 急いで墓所へ。 歴代の藩主の墓所。 上にもありました。 墓所へ向かう途中には土塁がありましたが、携帯カメラでは暗すぎて上手く撮れませんでした。 陣屋を後にします。 さようなら、奥殿陣屋。 陣屋の外にも石垣がありました。 屋敷跡でしょうか。 築地塀。 近づいてみる。 説明板。 城だと思って行ったら駄目ですね。 庭園でしょう。 |
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開館時間に間に合わなかったのは悔しいですね(ノ_<。)
見れないとなると気になってしまいませんか?
書院大きそうですね。でも公民館みたい(^-^ゞ
2009/12/5(土) 午前 7:03
るなさん
ちょっと閉館時間早すぎるぅ〜
と文句を言いかけましたが、辺りは急速に暗くなってしまい、近くの電気屋の明かりが見えるだけ。
暗闇に包まれて納得しました。
城っぽくなかったのが残念。
見附の跡が解らなかった。
2009/12/5(土) 午前 7:54
じんや って大きく書いてますね。^^
(墓所の写真、心霊写真のように・・。)
2009/12/5(土) 午後 10:23 [ mat**u_p*pa ]
「奥殿じんや」という人の表札みたいです。
2009/12/5(土) 午後 11:09
月の輪殿さん、奥殿陣屋は夕暮れになってしまったんですね。ここは、復元書院はありますが、手前のお花畑を売りにしている感じがします(^^ゞ
WP & TBさせて頂きますね!
2009/12/6(日) 午後 5:18
Shaneさん
TBありがとうございます。
せっかくここまで来たのに、季節と時間が悪かったのは残念。
事前によく計画しておけば良かったです。
2009/12/6(日) 午後 8:57