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登城日 1回目 2005年11月 6日(日)曇 2回目 2009年10月18日(日)晴 難易度 ☆ 場所 京都府長岡京市天神1-1-48 昨年は、マンション建設によりあえなく落城した瀬田城を紹介しました。 今年は、微妙な城を紹介します。 阪急京都線長岡天神駅前にある開田城です。 詳しい地図で見る 【開田城の概要】 開田城(かいでんじょう)は、戦国時代(15世紀後半〜16世紀)に活躍した国衆の一人である中小路(なかこうじ)氏の居館(居城)である。 乙訓・西岡地域の土豪・地侍たちは、それぞれの村のリーダーとして活動するとともに、国衆として、地域の自治的運営を目指す国一揆を結んだ。 国衆の居館は彼らの活動の基地として重要な役割を果たした。 開田城はそうした居館の遺構が残る貴重な例である。 発掘調査は、昭和53〜56年(1978〜81)と平成8年(1996)、平成15年(2003)におこなわれ、開田城が一辺約70mの方形の居館で、周囲に幅約6.5m、高さ約2mの土塁と、幅約8m、深さ約1mの堀をめぐらす、典型的な構造であることが明らかになった。 また、掘立柱建物や石組みの井戸の跡、竈とみられる遺構、当時の食器類などが発見された。 (現地パンフレットより)昭和11年当時の開田城の位置。 開田城の周辺にも城館がたくさんあったとのこと。 駅前の大通り沿いなの、普通は消滅してしまうのですが、何と、この城跡は土塁が残っています。 土塁の説明板。 発掘の様子。 発掘したら、素焼きの皿や竈跡が出てきたらしい。 発掘に関する説明板。 土塁上には大きなクスノキが立っている。 説明板。 南側にも土塁が残っている。 この城の評価が微妙なのは、居館跡にマンションが建っていることです。 普通なら、マンション建設にあたり邪魔な土塁跡などは崩してしまうだろう。 しかし、土塁は残せる部分は残し、邪魔な部分は崩した結果、今の姿になりました。 山口城にどことなく似ている。 どうせなら、マンションを建てないで公園にして欲しかった。 しかし、生半可に残したからそう言われるのだと思い、開き直って全部壊されたら、返って困る。 よって、評価しづらい。 さらに、このマンションは入り口に模型とパンフレットを置いて一般公開している。 泣ける… 上から見る。 説明板。 ここまでされると、振り上げた拳を下ろすところが無くなってしまう。 これだけ残っただけでも奇跡の城というべきか。 でも、やっぱり残存していた土塁は残してほしかったし、マンションの下に埋もれてしまった竈も見たかった。 |
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月の輪殿さん、う〜ん、土塁の一部を残して、居館跡にマンション建てるのは、なんとも微妙ですね(^^ゞ この場合は一部にしろ土塁を残したり、復元模型を作ったりして良心的な方なのでしょうか。
色々考えさせられますね。WPいきますね!
2009/12/30(水) 午後 8:19
Shaneさん
有難うございます。
ミニ資料館みたいにして開放されると良心的だと思いますが、そもそも…
評価が難しいです。
2009/12/31(木) 午前 8:20