|
所在地 京都府京都市伏見区南浜町263 NHK大河ドラマ『龍馬伝』が始まりました。 福山雅治の演じる龍馬はどんな感じでしょうか。 楽しみです。 歴女の関心は、戦国時代から幕末へ移行しそうですね。 先取りして、寺田屋を紹介します。 寺田屋へは、近鉄京都線桃山御陵前駅または京阪本線伏見桃山駅が最寄り駅でしょうか。 (本当は京阪本線中書島駅の方が近そうです。) 詳しい地図で見る 大手筋商店街のアーケードを西へ進みます。 大手筋は、伏見城の大手門へ向かう道でした。 商店街のアーケードを抜けたところを左折し、納屋町商店街のアーケードを南に向かいます。 以前は、魚屋とDCブランド(確かコムサ・デ・モードだったような)が隣同士の変わった商店街だった。 納屋町商店街の先は、細い路地の商店街になります。 竜馬通り商店街と命名されています。 魚料理店『辻政』を右折。 こんな石碑を勝手に建てています。 右折してすぐに寺田屋があります。 【寺田屋の概要】 寺田屋は、大阪と京都間の通船「三十石船」の京側の発着地の一つ南浜に、「寺田屋浜」という船付場を持つ大きな船宿であった。 文久2年(1862)4月23日、薩摩藩急進派有馬新七(1825〜62)以下35名が関白九条尚忠(1798〜1871)と京都所司代の殺害を計画して集結した。 薩摩藩は藩士を鎮圧に向かわせたが両者乱闘となり、有馬以下9名が死亡した(寺田屋騒動)。 慶応2(1866)年正月21日坂本龍馬(1835〜67)も伏見奉行所の捕方に襲われたが、難を逃れた。 寺田屋は鳥羽伏見の戦い(1868年)に罹災し、焼失した。 現在の建物はその後再建されたものである。石碑。 南面は、『史蹟 寺田屋』 東面は、『薩藩九烈士殉難の趾』 西面は、『坂本龍馬先生遭難の趾』 と書いてあった。 説明板。 坂本龍馬のことは書いてなかった。 玄関横にも石碑。 『伏見寺田屋殉難九烈士之碑』 と書いてある。 入って左側にまた石碑。 『寺田屋』 と書いてある。 隣に三十石船の説明。 三十石船については、高槻城三ノ丸跡にある高槻市立しろあと歴史館が詳しい。 龍馬が子供の頃に詠んだ詩という。 正面には、龍馬像と寺田屋騒動記念碑が建つ。 【寺田屋説明書】
誓ひの楠。淀川は古くから京・大阪・瀬戸内海を結び又、琵琶湖を経て東海道や北陸へも連なった交通の大動脈でありました。 寺田屋はその祖百姓伊助が慶長2年に現在の地伏見京橋に移って船宿を開き、出身の寺田村の村名を採り「寺田屋」と号したと伝えられます。 京へ向かう船着場であった伏見京橋界隈は維新当時大変なにぎわいで、六代目伊助となっていた寺田屋も、薩摩藩の定宿と指定されており西国雄藩志士等の京に赴く足だまりとなっていた事もあって大変な繁盛であったと伝えられています。 交通の要所にあり、薩摩藩の定宿であった関係から寺田屋は維新史を語る上で必須とされる「寺田屋事件」の舞台となりました。 文久2年(1862)4月23日夜明けを期して討幕の挙兵を決行せんと計画する薩摩藩急進派と他藩志士達が寺田屋に集合した。 これを知った薩摩藩主島津久光は「その様な暴挙はことを誤まる」とし、鎮撫使を差向るも有志の義挙を断念させることができず、斬合いとなり急進派九名の志士が犠牲となりました。 維新後明治27年この殉難烈士の偉勲を残さんと追慕する有志の人々が集い、「薩摩九烈士碑」を建てこれを記念しました。 また、六代目伊助の女房で女将のお登勢は多くの志士達を助けたことで“寺田屋と言へばお登勢”と言われるほど後世に名を残しました。 龍馬先生も「この学問ある女で人物也」と評しています。 九烈士碑の隣に建つ恩賜記念碑には、寺田屋が御下賜金を賜った由来の中で志士達を庇いその偉業を助けたお登勢をたたえる文が刻まれています。 (リーフレットより) 井戸が残る。 女将お登勢と寺田屋の由来碑。 坂本龍馬の碑。 占いの壺。 お登勢明神。 由来書き。 さて、400円払って入館します。 坂本龍馬の愛室。 窓からは下の通りが見下ろせました。 刀痕。 クーラーも調和を考え、まっ茶色に塗られていました。 涙ぐましい努力が垣間見えます。 お龍さん 恋の通路の裏梯子。 湯に入っていた龍馬の愛人お龍が捕方に気付き裸のまま駆け上った階段。 裸のお龍さんで有名なお風呂。 京町屋に良くある壷庭。 京都の短冊のような町割りから生まれた、独特の庭です。 狭い空間を上手に使っています。 家の真ん中に庭があるのもいいですね。 ここは泊まれるらしい。 寺田屋を後にする。 寺田屋の寺田は、城陽市寺田が由来だったんですね。 知らなかった… 坂本龍馬がここに泊まっていたのか〜 と、以前は感慨深く思っていたのですが…、 何と、この建物は当時のものではなく、再建されたものだとのこと。 良く読むと、難解な碑文にも書いてあったらしい。 何だよw |
全体表示
[ リスト ]





大河『龍馬伝』面白かったです!
今まで坂本龍馬にさほど興味ありませんでしたが、大河の影響で
好きになりそう(笑)
まだ一回しか放送されていないので、るなの龍馬は福山ではなく、
江口です(^-^ゞ
寺田屋が再建だったと知り、ガックシしたファンも多かったでし
ょうね。でも寺田屋跡の石碑のみしかないよりも良いと考えるの
は龍馬ファンの新参者だから?
2010/1/9(土) 午前 6:32
るなさん
全国各地で龍馬ブームになりそうです。
寺田屋はずーと本物だと思っていたので、正直ビックリしました。
一昨年ニュースにもなりましたから。
2010/1/11(月) 午後 9:00
そうなんですよね。再建なんですよね。
小さく書いてあり・・で。
のちほどTBさせて頂きます。
2010/1/11(月) 午後 10:05 [ mat**u_p*pa ]
マッツゥさん
TBありがとうございます。
再建されているのに刀傷や部屋や風呂桶など、本物と見紛う物ばかり。
何と言ったらいいのか…
2010/1/11(月) 午後 11:06
月の輪殿さん、僕もこの寺田屋を現存と思って訪れていました(^^;
最近、新聞で再建されたものと言うことを知りましたが、石碑にちゃんと書いてあったんですね(^^;
それにしても再建となると、あの刀傷は?と思いました(^^ゞ
WPいきますね!
2010/1/13(水) 午後 11:31
Shaneさん
毎度有難うございます。
再建とは本当に思っていなかっただけにちょっと腹が立ちます。
しかし、再建とは思わせない演出ぶりに感服しました。
2010/1/14(木) 午後 10:48